どうも、読書中毒ブロガーのひろたつです。
30もすぎると色々と自分の人生について考える機会が多くなる。残り時間を意識できるぐらいには客観的になり、振り返れるだけの時間を経てきたからだろう。
人様に誇れるほど破天荒な生き方をしてきたわけでもなく、小市民のスタンダード、ロールモデルと言えるぐらいドラマのない人生をこれまで送ってきたわけだが、それでも「あれは節目だったな」と思えるときがあったりする。
おっさんの自分語りなんぞに興味がある人はいないだろうし、私も人様にわざわざ自分のくだらん生い立ちを語るほど暇人でもない。なので自分語りではなく、皆さんに少しばかり役立つ話をしよう。
それがずばりタイトルに書いてある「人生の責任を負ってくれる他人はいない」、である。
尊敬する上司から言われた一言
以前別の記事でも書いたが、私はこのブログを始めたばかりの頃に職場の尊敬する上司から「余計なことを考えるな」と言われた経験がある。
※参考記事
副業ブログなんかにうつつを抜かすような時間があったら、いいから仕事のことを考えろ、ということだった。
その上司は「仕事レベル1以下」の私から見ても、明らかに優秀な方だ。職場では神様扱いされているような人である。
そんな偉い方の言うことなので、本来であれば素直に従うべきだろう。多くの人はそういった「凄い人」の言葉や考えを信用しがちである。よく見かける光景だと思う。
しかしながら私はそんな神様上司の言うことはまったく聞かず、黙々とブログ育成に努めた。その結果、ささやかではあるが収益を得られるようになった。会社の給料と合わせれば、上司の給料はとっくに追い越している。
アドバイスは単なる「その人の見解」
この世にはアドバイスに溢れている。
アドバイスを求めることもなければ、他人にアドバイスをしたい欲求もない私には理解できないが、きっとアドバイスの需要と供給が行き交う市場があるからこそ、これだけ世の中にはアドバイスが溢れているのだろう。
凄い人のアドバイスだとまるで「黄金のルール」のように感じてしまうが、それは違う。
どれだけ立派な人の口から出た言葉だとしても、それはあくまでも「一個人の見解」に過ぎない。バイアスでどろんどろんになった意見である。
絶対的な答えなんぞ、この世にはない。大人なんだったら、それぐらいは分かっていなければダメだ。別にダメでもいいけど。
アドバイスをするのは非常に気持ちがいい。まるで自分が「他人にアドバイスをできるぐらい偉い人間」だと錯覚できるからだ。本当に偉い人はそんなことで気持ちよくなったりしないだろう。
でもアホな人だったり、自己肯定感の低い人は、アドバイスをして得られるハリボテの優越感に中毒になってしまう。永遠とアドバイスをし続けることになる。そしてそのたびに内なる己を肥大化させていく。これはなかなかに醜い。
責任を取れる人はいない
自己陶酔するために他人にアドバイスをする人は論外だが、私の上司のように「あなたのためを思って」アドバイスをする人も問題がある。
どれだけ相手に対して親身になろうとも、そのアドバイスに従って失敗しても、誰も責任は取ってくれないからだ。というか、そもそも誰も(自分でさえも)責任なんて取れない。失った時間は取り戻せないのだ。
何よりも有限である時間を消費しても、誰も責任を取ってくれないのだ。アドバイスを送る、というのは相手の時間を使うこと同義なのだ。「アドバイスを聞いてほしい
」とはつまり「私の考える通りに動いて」という意味なのである。
思うに、他人の時間を奪うことに無頓着な人が多すぎるのだろう。もっと腫れ物に触るぐらい、他人の時間にはデリケートにならなければならないのだ。だから本来であれば、私も普段からこんなクソくだらない記事ばかり書いて、読者の有限なる人生を消耗させている場合ではないのだ。でもこれしかできないから、懲りずに書き続けるけど。
死ぬ前に後悔すること
人生を意識する上で、私に非常に大きな影響を与えたエピソードがある。
この本に載っていたもので、ネット記事などでも多数取り上げられたことがあるので、知っている人も多いだろう。
※参考文献
この本では、死ぬ間際の人が「人生のどんなことを後悔するか」がまとめてある。
その中でもぶっちぎりで一番多いのが、
「好きに生きてこなかったこと」
なのである。
確かに考えてみると、私の短くない人生を振り返ってみても、「他人の言うことを聞いておけばよかった」と後悔することは何一つないのに、「他人の言うことを聞いてしまった…」と後悔することは山ほどあるのだ。
自分の判断がいつも正しいわけもなく、むしろ後から見てみれば自分の浅はかな考えなんて、ゴミクズみたいなものばかりだ。
でもそのときの自分が素直に考えた判断であれば、失敗はしても後悔することはない。取り戻せない時間に苦しめられることほど、救われない人生はないだろう。
私は自分のことをバカだと思っている。すぐに思い上がってしまうから、常々「お前はアホだぞ」と自分に言い聞かせるようにしている。
だからこそバカなりに後悔しない判断をするべきだと思っている。
自分で考えることを諦め、他人を信用しても、誰も責任は取ってくれない。失った時間は返ってこない。
ただそれだけを、ひたすら肝に銘じ続けるだけである。
以上。