俺だってヒーローになりてえよ

何が足りないかって、あれだよあれ。何が足りないか分かる能力。

俺だってヒーローになりてえよ

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副業を「余計なこと」と決めつけた上司よりも稼げるようになったから、もう許す

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どうも、読書中毒ブロガーのひろたつです。

このたび私のへなちょこブログ『俺だってヒーローになりてえよ』が、めでたく月間20万PV、収益10万を達成した。

と書いてはみたものの、はっきり言って大した成果ではない。

ブログ界隈を見渡せば、このブログなんぞ霞んで靄として消えてしまいそうなほど、成功してらっしゃる方々で溢れている。

だがその一方で、この記録は私にとって非常に意味のあるものなのだったりする。かねてよりひとつの一里塚として見定めていた記録なのである。

それは、職場の上司に対する私の復讐だったからだ

 

「余計なことを考えるな」と言い放った上司

私の職場では、みんなから神のように崇められている上司がいる。本人もそれを自覚してか、非常に態度が大きい。

その人は確かに優秀である。

底辺の掃き溜めを煮詰めた結果、たまたま企業の形をしているだけのような私の職場で、彼は異彩を放っている。明らかに一人だけ飛び抜けて仕事ができる。なんならヘッドハンティングのお声もかかるほどの人材だ。ヘッドハンティングを受ける人なんて、私の人生ではほとんど見たことがない

 

で、その人はどういうわけか私が入社したときから、目をかけてくれていた。

折に触れて遊びに誘われたり、なにかあるたびにプレゼントをもらっていた。世に言う「お世話になっている人」である。もうちょっと自惚れた言い方をするならば、私は気に入られていたわけだ。

それだけ気に入られているので、あまり他人に心を開かない私も、心を開くとまでは言わないものの「たまにはちょっとぐらい窓から覗いてみようかな」ぐらいの気持ちにはなる。

なので言ってみたのだ。このブログのことを。
今思えば、完全に判断ミスである。仕事終わりで気が緩んでいたのかもしれない。


そしたら言われた。冷たく言い放たれた。

「余計なことを考えるな」と。

 

人間サンドバッグになる

上司曰く、

「ネットで副業なんてくだらない」

「職場から逃げようとしているだけ」

「本業がおろそかになる」

「向いてない」

「ネットの仕事で生活が成り立つのか?無理なんだったら、今の会社で頑張るのが筋」

 

などなど、ありがたいお言葉を2時間ぐらい、いただき続けた。「きっとサンドバッグってこんな気持ちなんだろうなぁ」と私の人生になんの関係もない物体に思いを馳せるほど、精神を消耗してしまった。

人は辛い経験をすると他人に優しくなると聞いたことがあるが、まさかサンドバッグに同情する日が来るとは驚きである。現実はいつだって想像を超えてくるから面白い。全然笑えないけど。誰か笑い方を教えてくれ。

で、このとき私は思った。サンドバッグについてではない。

「他人に心なんて開くもんじゃない」と。

「分かってもらえると期待するのは、甘え以外の何物でもないのだ」と。

 

価値観の共有は難しい

上司に副業ブログについて打ち明けたころは、まだまだ収益が発生しておらず、ブログ界で言うところの「種を撒いている状態」だった。たしか月1万ぐらいだったと思う。

だが、ブログをやっている人にしか分からないだろうけど、月1万の収益が発生するのって、実はかなり嬉しい。バイトで手にする1万円よりも、はるかに嬉しい。本業では比べ物にならないぐらい給料をもらっているけど、給料日よりも断然ブログの1万円の方が嬉しいのだ。

それを分かってほしくてついつい話してしまったが、「会社一筋」こそが正義である上司には、「副業にうつつを抜かす、愚かな後輩」というふうに見えたらしい。

私が愚かなのは認めるが、副業にうつつを抜かしているわけではない、とだけは断言しておきたい。私にだって少しぐらいはプライドがある。ただ問題がひとつあるとするならば、うつつの意味が分からないことだけである。なんだうつつって。抜かせるのか。

 

以前から分かっていたことだが、人間っていうのは本当に価値観を共有することが難しい
誰かにとっての正義は常に、誰かにとっての悪だ。そりゃ相容れなくもなる。

ただ実はそれ自体は別にそれほど問題ではなかったりする。

本当に厄介なのは「価値観は共有するべき」と思い込んでいる人がいることだ。

だから多様性を認めようと考える私は、いつだって巻き込まれる側になる。共有するべき側の人達に強制されてしまう。

 

負けず嫌い発動

上司に真正面から副業ブログを否定された私。

ここで私の悪いクセが出た。へそを曲げたのである。30過ぎのオッサンが、である。

元来、素直さを持ち合わせずに生まれ落ちてきた私である。それが会社の上司だろうと、カリスマだろうと関係ない。自分でもよく分からんが、私の中にある”へそ曲がりスイッチ”を押されると、どれだけありがたいアドバイスを貰っても途端に相手の言うことを聞きたくなくなるのだ。

これは、以前超有名ブロガーの方に直接ありがたいアドバイスをされたときも、発動したことがある。

 

ということで、上司のアドバイスはすべて無視し、何の根拠もない自分の感性に素直に従い、ブログへと情熱を傾け続けたわけだ。

「アドバイスを全部無視して、上司の給料を抜いてやる」と誓った。私のブログを軽んじた上司に、結果で復讐してやろうと思った。能力がないくせにプライドだけは一人前だから、軽んじられることが大嫌いなのだ。まあ、重んじられても困るけど。

 

そしてあれから2年もかかってはしまったものの、めでたくこうして上司の給料を鮮やかに抜き去ることに成功した。

たかが10万だが、サラリーマンが給料を10万上げようとしたら、相当な時間が必要だ。私の会社であれば10年ぐらいかかるかもしれない。いや、もっとかも。

それを思えば、この成果はなかなかだと評価している。

 

ドリームキラーと戦え

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相手の夢を否定する「ドリームキラー」と呼ばれる人がいる。私の上司も似たようなタイプかもしれない。

ただ、私の上司の場合はそこまで悪気はなくて、むしろ私のことを思ってあえて厳しい言葉をかけたのだと思う。そうやってコントロールしようとしていたのも、感じていた。それも悪いことではない。正しい(と上司からは思える)方向に導こうとしただけである。

ただ、さきほども書いたとおり、人の価値観は基本的に相容れないものだ。誰の正義も通用しない。誰かの正義は常に誰かを傷つける可能性がある。これを分かっていない人は多い。知っている人は多いけど。


しかし、そんなことを嘆いたところで世界が変わるとも思えないし、結局は一人ひとりが自分なりにできることをやり続けるだけである

基本的に世界は進化するようにできている。多様性を認めることが進化の方向性として正しいのであれば、これからはもっとみんなが「自分の正義」を手放せるようになっていくはずだ。

それに、私は弱いものいじめをするような趣味はない。私よりも稼げていない上司をいつまでも憎み続けるほど暇でもない。いつだって、余裕があるものが頭を下げられるし、寛容さを持っていられるものだ。

 

そんなわけで、私は稼げたことを機会に上司を許すことにした。

そんな余裕をこれからも持ち続けていきたい、という偉そうなことを書きたかっただけの記事である。

 

以上。