どうも、読書中毒ブロガーのひろたつです。
この短さでこの満足感は異常でしょ、という作品をご紹介。
内容紹介
ぼくに与えられた使命、それは勝利のためにエースに尽くすこと――。陸上選手から自転車競技に転じた白石誓は、プロのロードレースチームに所属し、各地を転戦していた。そしてヨーロッパ遠征中、悲劇に遭遇する。アシストとしてのプライド、ライバルたちとの駆け引き。かつての恋人との再会、胸に刻印された死。青春小説とサスペンスが奇跡的な融合を遂げた! 大藪春彦賞受賞作。
大藪春彦賞受賞は確かに凄いのだけれど、私が注目したいのはこちら。
2008年本屋大賞2位
これである。
このブログでは何度も書いているが、私は面白い本を探すときにかなり本屋大賞を参考にしている。たぶん、本当の文学賞を受賞するような作品よりも、もっとエンタメ寄りのポップな作品が好みだからだろう。「本屋の店員がオススメする」ぐらいの素人感の方が、私には馴染みやすい。
となれば、本屋大賞第2位は外せないだろう。しかもその年のラインナップはこれである。
大賞『ゴールデンスランバー』
2位 『サクリファイス』
3位 『有頂天家族』
4位 『悪人』
5位 『映画篇』
6位 『八日目の蝉』
7位 『赤朽葉家の伝説』
8位 『鹿男あをによし』
9位 『私の男』
10位 『カシオペアの丘で』
なかなかの強豪ぞろいだし、私の大好きな『有頂天家族』を抑えての第2位である。これはもう確かめなければならないだろう。「ほほお、私が推している『有頂天家族』を3位に押しやるとは、どの程度の実力なのか拝見させていただきましょうか」といった感じである。我ながら本当に気持ちが悪い。誰か殺してくれ。
『サクリファイス』のここが凄い!
で、読んでみた結果なのだが、これはもう…
大満足です。
噂には聞いていたし、アマゾンのレビューも凄いことになっていたし、当たりなのはほぼ確定していて、読む前のハードルもそれなりに上がっていたが、それでも楽しんでしまった。ヤラれたよ、完全に。
では『サクリファイス』の凄さとは何か。まとめてみた。
・物語のテンポ感が凄い
・短い中に物語が見事に詰め込まれている
・ミステリーパートが鮮やかすぎ
・自転車乗りてえ
こんな感じである。
私はこうやって書評を書きまくっている人間なので、どうしても批判的に作品を見がちだが、正直欠点を探せないレベルで完成度が高かった。
ひとつ無理やり挙げるとするならば、長さだろうか。
読み応えを考えると、やはり長編作品に勝つのは難しいだろう。大賞を取れなかったのは、その辺りが要因じゃないかと思ってる。
ちなみに過去の本屋大賞で、短編集が獲ったのは『謎解きはディナーのあとで』の一回だけ。しかも超酷評されている。
ロードレースが超面白い!
さてロードレースのルールを知っている人がどれだけいるだろうか。
ちなみに私はまったく知らなかったというか「一番最初にゴールした人が勝ちなんでしょ?」ぐらいの認識しかなかった。きっと多くの人が私と同じような認識だと思われる。
実はこれが違う。
いや、一番最初にゴールした人が勝ちなのは勝ちなのだが、そこに至るまでの駆け引きや、仲間内での協力プレー(そう、実はチーム競技なのだ)など、相当に複雑で奥が深い競技なのだ。
で、ハッキリ言って私はロードレースに興味はまったくない。『サクリファイス』を読んだのは、面白い小説だと評判だったから手を伸ばしただけで、ロードレースに詳しくなろうなんていうつもりはさらさらなかった。
だがどうだ。『サクリファイス』を読み終えた今、私は日本のロードレースチームを調べてみたり、ロードレーサーの年収を見てびっくりしたり、買いもしないのにロードレース用の自転車の値段を眺めたりしている。完全に興味を持ってしまった。
私は常々、小説に限らず、優秀な創作物の特徴として「人に影響を与える」ことを挙げている。
そういった意味で、『サクリファイス』は文句なしに優秀な創作物である。
いや、本当にこんな複雑なロードレースの面白さを、あんなに軽やかに伝えられるのは、素晴らしいの一言に尽きる。
スピード感が凄いっす
作者の近藤史恵がどこまで計算しているのか分からないが、『サクリファイス』はロードレースを扱っている作品らしく、非常にスピード感のある仕上がりになっている。物語がグングン進んでいくのがたまらなく心地よい。本当に自転車で風を浴びるかのようなスピード感である。
シーンを描くときに、登場人物の心理を濃く描けばそれだけ読者は登場人物の中に埋没することができる。
しかし、それだとスピード感が死んでしまう。
濃密に描かれた描写は、まるでスローモーションを見ているような楽しみ方になってしまう。それはそれで味わいがあるのだが、あくまでもフィクションのスピード感である。
現実はもっと色んなものをすっ飛ばして過ぎ去っていく。細けえことはいいんだよ、と流れていく。
だがらといって描写を飛ばしまくっていると、軽い作品になってしまう。登場人物たちに奥行きが生まれず、ペラッペラの作品になる。それではゴミクズである。読む価値がない。
この辺りのバランスは非常に難しいところである。
構成力おばけ
複雑なロードレースの面白さを、ノンストレスで読者に提供する。
スピード感を失わずに、登場人物たちをしっかりと描き出す。
詳しくは書かないが、ミステリー要素も絡めてくる。
伏線も周到に仕掛けてくる。
冷静に考えると、とんでもない作品である。
軽やかに楽しめてしまうからその凄さを見過ごしてしまいがちだが、落ち着いて味わえば味わうほど、作り込みっぷりに恐れ入る。
繰り返すようだが、この短さ(300ページに満たない)でこれだけの要素を詰め込んでおいて、破綻せずにちゃんと面白い作品としてまとめあげる近藤史恵の手腕は、並大抵のものではないと思う。
いつだったかRHYMESTERの宇多丸が、映画のシナリオに必要な要素として「交通整理力」というものを挙げていた。数々ある面白さを、脚本の中に的確に配置させる力のことらしい。
近藤史恵はまさにこの“交通整理力”が化物じみていて、だからこそこんな作品を生み出せてしまうのだ。構成力おばけである。
完成度の高い作品を読み終えると、圧倒されて読後もその世界観の余韻からしばらく出られなくなることがあるのだが、『サクリファイス』はまさにそんな作品。これは完全に当たりである。
とまあ、色々書いてみたが何よりも凄いのは、読み終えたあとに、無性に自転車に乗りたくなっちゃうことである。
で、いざ実際に漕ぎ出してみると、『サクリファイス』で感じたスピード感とのあまりの落差に愕然とするところまでがセットである。
以上。
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