俺だってヒーローになりてえよ

何が足りないかって、あれだよあれ。何が足りないか分かる能力。

『教団X』がAmazonで低評価になっているのが嬉しくて堪らない

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別に批判しているわけではない。

 

『教団X』を読みました

どうも、踏み台ブロガーのひろたつです。踏み台活動の詳細はこちら。

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先日、アメトーークの読書芸人の回で、又吉や若林が大絶賛していた『教団X』を読んだ。

私は基本的にベストセラーと呼ばれるような、「みんなが大好きなもの」は避けて通るようにしているのだが、作者の中村文則が『掏摸』で非常に素晴らしい体験をさせてくれたので、今回は特例として手に取ってみた。

で、読んだ感想はこちらにまとめてあるので、興味がある方は読んでもらいたい。ちなみにまったくネタバレはしていないので安心してもらいたい。

 

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びっくりするほど低評価

で、感想記事を書くにあたって、Amazonのレビューでも読もうかと思ったら衝撃の展開が待っていた。

 

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びっくりするぐらい低評価である。テレビであれだけ話題になったり、書店でも平積みしまくっていたのに…。

いや、違うか。それが余計だったのだ。

私にも経験がある。メディアや書店が過剰にプッシュするがゆえに、余計に期待が高まってしまい、作品のハードルが無駄に上がってしまうのだ。そのせいでどれだけのクソ作品と出会ってきたことだろうか。思い出すだけでも吐き気を催す作品たち。

 

※参考記事

orehero.hateblo.jp

 

上の記事では各作品をボロクソに紹介させていただいたが、実は少し責任を感じている部分もある。そもそも読者は勝手すぎるのだ。

その作品が面白いかどうかなんて、その人の感性次第だし、出会うタイミングもあるだろう。読み手が作品の面白さを見つけようと努力すればいいだけの話なのである。

なんて殊勝なことを書いてはみたものの、やはりつまらない作品はつまらない。それが正直なところである。

 

『教団X』という作品の正体

で、『教団X』である。

Amazonには200を超える評価が下されており(ちなみにこれは書籍の評価数としてはトップレベルの数)、そのほとんどが☆1という惨憺たる状況である。ヒドすぎである。私が中村文則だったら、こんな低評価を無機質に表示しているデスクトップの画面を叩き割るかもしれない。

しかしながら、『教団X』を読んで「クソだ!」と思ってしまった人の気持も分からんでもない。ちなみに私は『教団X』を夢中になって楽しんでしまったクチなので、だいぶ幸せ者だと思う。

 

なぜこんなにも『教団X』は低評価が付けられてしまうのか。読者の怒りを買ってしまうのか。

それは以前に書いた『教団X』の紹介記事で説明しているのだが、この『教団X』という作品は、物語の体を取りながら、その実態は中村文則個人を分解して貼り付けたような作品なのだ。

だから別にそれこそタイトルを『小説中村文則』にしても良かったと思う。ただそれだったらこんなに売れてなかったと思う。4000部ぐらいかな。

 

人間性を出しすぎて嫌われる 

詳しくは私の『教団X』紹介記事を読んでいただきたいのだが、とにかくこれは“中村文則自身そのもの”な作品なのだ。彼の人間性をすべて曝け出している。

それゆえに好き嫌いが分かれる。というかほとんど嫌われる。まあ当たり前である。人間なんて、表面を取り繕っているから社会性を保てているだけであり、中身を見たらドロンドロンのグッチャグチャである。でもあえてその中身を曝け出したがゆえに『教団X』が最高に嫌われる作品になってしまった。はっきり言ってアホである。

しかし私はそんな中村文則のアホ性が堪らなく愛おしい。

こんなにバカな(一途な)創作とはそうそう出会えない。まるで裸で告白とかプロポーズをするようなものである。バカだけどそこには純粋な変態性があり、なんだか認めずにはいられない魅力がある。

 

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新しい作品には、新しい楽しみ方がある 

私は『教団X』で感情をかき乱された。魂を揺さぶられた。戸惑った。理解不能に陥った。不快になった。興奮した。呆れた。でも読み終わったら思った。

「これは凄え…」と。

今まで見たことがないような作品だ。簡単な評価を下すこともできない。上手く感想をまとめることさえできない。

 

私は思うのだ。

そんな“新しい作品”がベストセラーでなんてあってほしくないと。

みんなに好かれるディズニー作品みたいな評価なんてされてほしくないと。

 

なので私は『教団X』が低評価であることが、むしろ嬉しくて堪らないぐらいだ。

みんなにはこの面白さが分からないんだと、こっそりほくそ笑んでしまう。

 

みんなと共有できない楽しみだってあるのだ。孤独を楽しめない人には理解しがたいかもしれないが。

多くの人には理解されなくても、自分の中で確かな“愉しみ”を感じられる。それだけで十分なのだ。

もちろん、その狭い感性を突き抜けた先で共有できる愉しみもまた、である。

 

以上。

 

 


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