俺だってヒーローになりてえよ

何が足りないかって、あれだよあれ。何が足りないか分かる能力。

俺だってヒーローになりてえよ

画像の説明
画像の説明
画像の説明
画像の説明
画像の説明
画像の説明

「変わらない」というのは、つまりあとは死ぬだけ

f:id:summer39191628:20180127235334j:plain

  

どうも、読書中毒ブロガーのひろたつです。

私は職場で常時100人超の部下を抱える中間管理職である。そんな仕事に嫌気が差して、副業として始めたのがこのブログである。よろしくどうぞ。

 

立ちただかる“変えたくない人” 

副業に浮気してしまうようなこんな私でも、一応職場のリーダーなのでときには大胆な改革を起こすことがある。そうしなければ現状を打破できない、または変えれば大きな効果が期待できる。そんな状況が揃えば、重い重い腰を仕方なしに上げることがある。

そんなときに困るのが、「変えたくない人たち」である。

ただでさえ私は仕事のやる気がないのに、邪魔する人がいるのだ。いや、仕事なんていつだって誰かしらが邪魔するものだ。邪魔されずに仕事ができたらどれだけストレスフリーなことか。きっとだから私はブログが止められないのだろう。ひとりで完結できる作業の楽しさよ。

 

変えるのは面倒

話を戻そう。

私の改革がどれだけ職場のためになろうとも、会社の利益に繋がろうとも、「変えたくない」と文句を言う人はいるものだ。

実際はそこまで直截に「変えたくない」と言うわけではないのが厄介で、「ここにムリが生じる」とか「こういうデメリットがある」とか、ちょっと巧妙な言い方をしてくる。

でも突っ込んで聞いてみたり、対案を求めると黙り込んでしまう。結局は思いつきで喋っているのだ。ハリボテの意見である。というか意見にすらなっていない。彼らの口を動かしている原動力は単なる「面倒だ」である。

確かに現状を変える行動を起こすことは、エネルギーを必要とする。

変化に対応するためには、頭も身体も使わなければならない。他人を動かす必要だってあるし、自分自身が変化しなければならない。考え方を改める必要だってある。どれもなかなかハイレベルだ。

軽やかに変化できちゃう人も、ごくたまにいるけど、大半の人は現状を維持する方が得意だ。

 

変化を嫌う2つの要素 

変化を嫌う人の心理には2つの要素がある。

ひとつは今書いた通り、エネルギーを消費することへの「めんどくささ」である。

これは人類最大の敵と言ってもいいだろう。倒す方法は見つかっているが、実行できる人は限られる。

 

※参考記事

www.orehero.net

 

もう一つの要素は、「自分を否定したくない」ということだ。

変えたがらない人にこの心理を感じると「こいつアホだな」と思ってしまう。

 

自分を否定したくない人の考え方 

変えるのは、それによってメリットがあるからだ。もっと精確に言うならば、「デメリットをメリットが上回る」からだ。

なのだが、変えたくない人たちはこう考える。

 

もっと良い方法がある

ということは、現在のやり方は間違っている

間違ったままの自分はバカだったことになる

それは認めたくないから抵抗する

 

こんな感じである。

 

賢さというのは、自分の愚かさにどれだけ自覚を持ち合わせているかで決まる。バカは往々にして自らをバカだと思っていない。

賢い人は自分の愚かさを自覚し、成長する。バカは自覚しないor認めたがらないので、成長しない。

こうして成長の格差は広がるのだ。

 

成長とは変化のこと 

変化なくして成長はありえない。

変化を受け入れないで生きるということは、次に迎える変化は“死”ということになる。それでいいのか。私にはちょっとその感覚は信じられない。可能ならば、死ぬまで成長し続けていきたいと思っている。

人生のイベントが生まれることと死ぬことだけなんて、あまりにも寂しすぎやしないだろうか。少なくと私達人間には自分から変化を起こし、成長するという機能が備わっている。だからこそ人間だと言える。

なのにその機能を放棄してしまうのであれば、それはもう人間である必要はないのではないだろうか。というのはさすがに言い過ぎだし、みんな好きに生きればいいとは思うが、やっぱり勿体無いとは思う。

 

間違いを認めることは負けなんかじゃないし、どちらかと言うと勝ちに近いだろう。

街中とかで見かけないだろうか、「あぁこの人、自分が間違ってることに全然気付かずに生きてきたんだな」と思うような人を。

つまり間違いに気付ける時点で、人は優秀さをひとつ獲得できるのだ。その繰り返しが無ければ成長できない。

 

それに自分のことを「完成されている」と胸を張って言える人なんていないのでは?

であれば、いくらでも自分に成長の余地があることを、みんなが理解しているはずではないだろうか。

 

以上。