これは海上を旅する、とある船内の光景。
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船員A「船長もう限界です!」
船長「一体どうした」
船員A「どうしたもこうしたもないですよ!なんども言ってるでしょう?船底に穴が開いていて、それを塞ぐのが限界なんですよ!これ以上、旅を続けるのはムリです!」
船長「なんだそのことか。それだったらこの前も言っただろう。限界なんて自分で作るもんじゃないんだ。我々がどこに向かっているのかを思い出せ。今は辛いかもしれないけどなぁ…」
船員A「アメリカでしょう?それは分かってますって。そうじゃなくて、もうみんな身体が限界なんですよ。旅どころじゃないんですって!」
船長「文句ばかりが多いやつだなあ。限界が来てるんだったら、交代で穴を塞いだらどうだ?」
船員A「それもこの前言ったじゃないですか。この船旅がキツくて、船員がどんどん海へ逃げて行ってるんですよ。そもそも人手が足りないんです!」
船長「逃げるとは腰抜けどもが。己の大義を忘れる小者にできるのは逃走だけだな。そんな奴らが船に残ったところで、どうせ戦力にはならんだろう」
船員A「いや、違いますよ。逃げた連中は助けてくれる他の船を見つけたり、自分で泳ぐ技術があるやつばかりで、むしろ優秀なやつらですよ。そんなやつらだからこの船が限界だって見切りをつけるのが早いんです」
船長「…そうなのか?まあそれは置いておくとしても、だったらお前はどうなんだ?」
船員A「え…私ですか?いやまあそりゃ逃げ出したいですけど、今も穴を頑張って塞いでくれている部下たちがいるし…そんな簡単に逃げ出すわけには行きませんよ」
船長「いや、そうじゃなくてお前は穴を塞がんのか、と聞いているんだ。さっきから長々と口ばかり動かしているが、お前が交代してやればいいだけの話じゃないのか?」
船員A「勘弁してくださいよ!これでも2日寝ないで穴を塞ぎ続けてたんですよ!本当なら今は寝ていたいぐらいんなんですけど、その貴重な時間を使ってこうやって船長に現状を訴えているんです!」
船長「そんなに大変なのか…?」
船員A「だから言っているでしょう!そんなに疑うなら現場を見に来てください!さあこっち!」
船長「分かった分かった、そう焦るな。どんなときも平常心だぞ」
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船底に降り立った2人。2人の目の前では必死の形相で穴を手で塞いでいる船員たちがいた。中には明らかに限界をむかえ死んだような顔で作業を続けている船員もいた。
船員A「どうですか?最初は良かったんですよ。穴も小さくて簡単に塞げたんです。ですが時間が経つにつれて、食料がムダになるからって船員を海に放り投げたり、設備に金をかけたくないからって安い材料を船に使ったからこうやって腐食が進む一方だし。ひとりでひとつの穴を塞いでいたんですけど、今は両手でふたつの穴を塞いでいるのが普通になってます。以前、船長に相談したときに『頭を使え』と言われてからは、手だけではなく足も使って穴を3つ塞いでいる船員もいるぐらいなんです。いかがですか?これでも限界じゃありませんか?あっ、また新しい穴が開いた!」
船長「…なるほど」
船員A「分かってくれましたか。今からでも間に合います。今すぐ陸に引き返しましょう」
船長「分かった」
船員A「船長!」
船長「旅は続行する。現状を確認して私はまた信念を強めたぞ。絶対に太平洋を横断するんだ。そして我々ならそれができる!」
船員A「なんでそうなるんですか?!」
船長「我々にはまだ可能性が残されている。お前は限界限界と視野が狭くなっているから分からんのだ」
船員A「いや、どう見ても限界じゃないですか」
船長「頭を使えと言っただろう。えぇい!どけっ、こうだ!」
おもむろに穴を塞いでいる船員を突き飛ばすと、船長は両手で穴を塞ぎだした。
船員A「船長が手伝ってどうするんですか?!」
船長「違う!私はお前らに可能性を見せてやりたいんだ」
そう叫ぶと船長は新しくできた穴に自分の頭を突っ込んだ。
船長「頭を使えと言っただろう!可能性は無限に残されているんだ!我々の一番の敵は海ではない、”己の弱い心”なんだ!」
高らかに言い放つ船長。それを冷ややかにみつめる船員たち。誰もがその光景を見て「この船はオシマイだ…」と悟ったのだった。
おしまい。