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鬱小説の隠れた名作、貫井徳郎『殺人症候群』について

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世の中には鬱小説と呼ばれるジャンルがある。

その名の通り、読むと鬱状態に陥ってしまうような不愉快な小説の総称である。

そんな不愉快なものを誰が好き好んで読むんだという話なのだが、これがまた精神的なマゾが日本には溢れているのか、根強い人気を誇っている。完全に変態さんの栄養である。

しかし私は精神的なマゾでも変態さんでもないが、鬱小説はそれなりに嗜んでいる。あくまでも紳士的なおつきあいをさせてもらっている。私のような常識人が鬱小説の世界にどっぷりと身を投じようものなら廃人になるのは火を見るよりも明らかで、むしろ火を浴びるぐらい明らかな事実だ。なので、こっそり私は鬱小説好きな人たちをネットで見かけるたびに、「…異常者め…」と侮蔑とも賞賛とも羨望とも、なんとも言えない感情を抱くのだった。

とまあそんなわけで、世の中には鬱小説として語り継がれる名作が数多くある。

興味がある方にちょっと紹介するならば、

例えば『隣の家の少女』。

隣の家の少女 (扶桑社ミステリー)

ジャック ケッチャム 扶桑社 1998-07
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不愉快すぎてあらすじさえこの記事に貼る気にならない、鬱小説の傑作である。鬱に傑作もクソもあるのか疑問だが、そんな疑問を木っ端微塵にするほどの破壊力を持った作品である。

あのスティーブン・キングがこんなマイノリティの権化みたいな作家を「ヒーロー」と呼んでしまうんだから、罪深い帯(&解説)である。

同作家の『オフシーズン』もなかなか強烈な鬱小説である。この二作は本当によく名前が挙がる。たぶん、作品どうこうよりも事実を元にしていることが大きいと思う。

ちなみに私は怖くて未だに読んでいない。精神を壊してしまう気がしてならない。っていうかあらすじを読んだだけでも十分トラウマになってるぐらいだし…。

私のオススメ鬱小説

さて、ではそんな鬱小説ビギナーの私なのだが、オススメの鬱小説があるのでぜひ紹介したいと思う。

それがこちら。

殺人症候群 <新装版> (双葉文庫)

貫井 徳郎 双葉社 2014-12-11
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殺人を他人から依頼されて代行する者がいるかもしれない。警視庁の環敬吾は特殊工作チームのメンバーを集め、複数の死亡事件の陰に殺し屋の存在がないか探れと命ずる。事件の被害者はみな、かつて人を死に至らしめながらも、未成年であることや精神障害を理由に、法による処罰を免れたという共通点があった―愛する者を殺されて、自らの手で復讐することは是か非か。社会性の強いテーマとエンターテインメントが融合した「症候群三部作」の掉尾を飾る傑作! 

日本が誇る鬱小説の名手、貫井徳郎の『殺人症候群』である。

正直言って、クソみたいなタイトルだと思う

このタイトルのせいで買わない人は相当数いるもののと思われる。今でこそこんなにも『殺人症候群』を大絶賛している私だが、そもそも貫井徳郎ファンでなければ絶対に買っていない。大体にして、貫井徳郎の作品の中でもあまり有名じゃない部類である。

だが、だ。

だからこそ紹介しがいがあるというものである。この隠れた名作の魅力を語ってみようじゃないか。

 

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貫井徳郎の魅力を凝縮

私は長らく貫井徳郎という作家を愛してきているが、その中でも特に貫井徳郎の魅力を味わえるのが今作だと思っている

 

例えば彼の衝撃のデビュー作『慟哭』。

北村薫の強烈な帯文である「題は『慟哭』書き振りは≪練達≫読み終えてみれば≪仰天≫」 のコメントに相応しい素晴らしい作品である。

その『慟哭』に負けず劣らずの破壊力を有してるのが『殺人症候群』なのである。

 

例えば数ある貫井徳郎の鬱小説の中でも屈指の鬱っぷりを誇る『空白の叫び 』。

その『空白の叫び』に匹敵する鬱っぷりを堪能できるのが『殺人症候群』なのである。

 

また、作品は限定しないが、貫井徳郎と言えば「読みやすさ」つまりリーダビリティに定評のある作家なのだが、彼のリーダビリティを最大に発揮しているのはこの『殺人症候群』に他ならない。異論反論は認めるが、きっといくら言った所で私にはこれっぽっちも届かないことを覚悟してもらいたい。

最強のシリーズ完結編

元々この作品は貫井徳郎が「現代の必殺仕事人」というコンセプトで作り出した「必殺仕事人」とはまったく似ても似つかないシリーズものである。

それはさておき、シリーズものということは、シリーズを通して出て来るレギュラーメンバーが存在するということである。そしてレギュラーメンバーがいい味を出しているからこそ、シリーズとして成り立つのだと言える。

そしてこの『殺人症候群』はシリーズの完結編である。

Amazonのレビューを確認してもらえば分かるが、誰もがその完結を惜しんでいる。フィクションの中の人物たちとの別れを惜しむなんて、お前らどれだけ楽しませてもらったんだ、どれだけ変態なんだと言いたくなる。お別れも何も、またページを開けば彼らとはいつでも会えるじゃないか、なんて思ってしまう私ももちろん変態気味である。

こんなにも魅力的な物語がここで終わってしまうなんて、残念すぎる。頼むから貫井徳郎よ、続きを書いてくれ。生み出してくれ。

エンタメ性も抜群

「復讐」を物語のテーマにしているので、読み進めながら胃が重くなってくるような感覚を覚える。

これを不快感と言い切ってしまえる人はきっと正常なのだろうが、鬱の世界に若干魅せられてしまっている私には、不快感とも快感とも言えない甘美な喜びをそこに見出してしまう。

とまあこんな感じで、鬱小説の名作として紹介しているが、それでいて実はちゃんと「エンタメ」していることも『殺人症候群』のひとつの顔である。 

復讐の是非について読者を揺さぶり、登場キャラクターたちを揺さぶり続けながらも、ハラハラドキドキを物語の随所に盛り込み、ページを捲る手を決して休ませることはさせない。それだけの力を持った作品なのだ。

 

これまで2000冊以上は小説を読んできた。

それだけ読んできても、眠ることよりも優先するほど面白かった本、いわゆる「徹夜本」は片手に収まるぐらいしかないのだが、『殺人症候群』はその中のひとつである。

鬱小説の名作でありながら、読者の心をガッチリと捉えて離さない悪魔のような作品なのである。

ちなみに、『殺人症候群』を読み終わったあとは、色んなものを使い切ってしまい、しばらく何もする気にならなくなってしまう。

翌日何か予定がある人は、ご使用の際、気をつけてもらいたいと思う。

 

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背徳感がもたらすもの

これは私の持論なのだが、大衆が好むエンタメには必ず「背徳感」が伴う

『殺人症候群』は背徳感で背徳感を煮詰めて、その上から背徳感を振りかけたぐらい、人道を外れた作品である。正直自分で書いてて意味が分からないぐらいだ。

この「背徳感」がどんな効果を読者にもたらすかお分かりだろうか。

浮気の例を出すまでもなく、人は背徳感というものに弱い。背徳感は容易に人を狂わす。

現実の世界では常識人然としている人でも、「フィクションの世界」という免罪符を手にした途端、人の道に反するものに手を伸ばしてしまう。そして物語の中で犯罪を始めとした道義に反することを楽しんでしまうのだ。

 

社会の中で真っ当に生きようとする自分。物語の中で他人の不幸を肴にする自分。

どちらが本当の姿なのかは分からない。きっとどちらも人間の顔なのだろう。

 

背徳感に魅入られた自分の顔は醜いかもしれない。だが、きっとそれは間違いなく自分自身であり、そんな「目を背けてきた」自分との出会いにこそ、『殺人症候群』のようなダークな作品の価値があるのではないだろうか。

背徳感は葛藤を呼び、葛藤は物語の中から飛び出て読者自身を蝕む。二次元だけに収まらない興奮を私たちに与えてくれる。

 

さあそろそろ変態の世界が近づいている気がしないだろうか?

まだ見ぬ興奮をその手にしたいのであれば、ぜひ『殺人症候群』という物語の扉を開いてみてもらいたい。

 

不快感と快感の間で苦しむがいい。

 

以上。

殺人症候群 <新装版> (双葉文庫)

貫井 徳郎 双葉社 2014-12-11
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