巨匠筒井康隆による中編小説『旅のラゴス』を紹介しよう。
ネットで「あなたの生涯ベストの小説は?」と聞かれると、毎度その名が上がってくるほどの名作である。
旅のラゴス (新潮文庫) | ||||
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北から南へ、そして南から北へ。突然高度な文明を失った代償として、人びとが超能力を獲得しだした「この世界」で、ひたすら旅を続ける男ラゴス。集団転移、壁抜けなどの体験を繰り返し、二度も奴隷の身に落とされながら、生涯をかけて旅をするラゴスの目的は何か? 異空間と異時間がクロスする不思議な物語世界に人間の一生と文明の消長をかっちりと構築した爽快な連作長編。
私が『旅のラゴス』を手に取ったのは、やはりそういった前評判を目にしたからである。誰かしらが「生涯ベスト」と言い切るだけの力を持った作品に、単純に興味が湧いたわけだ。
次に読む本を決めるときはいつも迷う。どの作品が面白いのか分からないからだ。なんとなく今までの経験上から本の雰囲気を感じとり(先入観と呼ぶ)、その感覚を信じて選ぶことが多い。
だが、中には「面白そう」という理由ではなく、「どんな作品なのか知りたい」という好奇心みたいなものが勝つときがあるのだが、『旅のラゴス』はまさにそんな作品だった。
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私はこれまでに筒井康隆の作品は『ロートレック荘事件』しか読んだことがなかった。それも別に筒井康隆が目当てだったのではなく、良質なミステリーが読みたいのが理由だった。
あんな一発アイデア重視の作品だったので、当然、筒井康隆にハマるわけもなく、彼の著作はそれから10年ぐらい手に取らなかった。
で、『旅のラゴス』である。
あの筒井康隆の作品である。彼の著作さえ手に取らなかったものの、彼の偉大さや異端さはもちろん知っているし、どれほどの力量があるのか実際にこの目でそろそろ確かめてみたいという気持ちもあった。
「生涯ベスト」に成り得る作品だと聞いていたので、勝手に重厚な物語だと決めつけていたのだが、実際はほんの200ページほど。文章も軽く、物語はサクサクと進んでいく。あっという間に読み終わってしまった。
あれ?こんなもんなの?
それが正直な感想だった。
主人公のラゴスの旅は確かに壮大なものだった。だが、旅の過程で酷い目にも遭っても、作品の中でことさらそれを強調したり、ドラマチックに語るつもりはないらしく、ほんとうに“あっさり”とした作品に仕上げていた。
これを「生涯ベスト」と感じる人の気持が分からない…。
自分の心が揺さぶられなかった。
ただそれだけで終わってしまってはあまりにもつまらない。いち読書好きとしては、この作品の魅力をなんとか理解したいと思っていた。
なにせ私は読書好きを公言しているものの、かなり読書力が低い人間である。直木賞作品は楽しめても芥川賞は楽しめない人間なのだ。巨匠の作品であれば、それなりにちゃんと頭を使わなければ、消化できないだろう。
バカはそれなりに苦労しなければダメなのだ。
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答えのない物語
ということでもう一度じっくりと「なぜそんなにも人の心を打つのか?」と問いかけながら読み返してみたところ、分かったことがある。
主人公のラゴスはタイトルの通り、ひたすら旅を続ける。その過程で二度も襲撃を受け、奴隷にまでその身を落とすがそれでも彼の旅への意欲は失われない。にくいのは、そこまでして旅をし続けようとするラゴスの心理描写を極端に減らしていること。彼の旅への情熱のような、ある種「分かりやすい」ものを提示してくれないのだ。
ここらへんに、ハマる人とハマらない人の分かれ目があるように感じた。
つまり、私なりの表現をさせてもらうならば、この物語には「答えがない」のだ。
『旅のラゴス』はその物語を旅の描写だけで終わりにしている。連作の形式を取っているのでたくさんエピソードはあるのだが、それぞれにそこまでの意味も伏線もない。
そしてこの作品にゴールは存在しない。
物語の途中で一度、ゴールらしき場所にたどり着くが、結局そこからもまたラゴスは旅を始めてしまう。自らの生家への旅を始め、自宅がゴールなのかといえばまたそれも違う。彼の旅はまた続いてしまう。
ゴールというのは答えと同義である。
たぶん、『旅のラゴス』にハマらなかった人は答えを求めていたんじゃないだろうか?
最初に読んだときの私は確かに、読後、拍子抜けしてしまった。こんなものなのか、と。
それは答えを手に入れることができなかったからで、つまり物語を味わった手応えがなかったことでもある。求めていた手応えがなければそりゃあハマらない。当たり前の話である。
では『旅のラゴス』が「生涯最高の一冊」になる理由はなんだろうか?
それは「問い」じゃないだろうか。
答えはそれで終わりになってしまうが、問いは人を動かす力を持つ。解決するために頭を心を動かすことになる。
「なぜラゴスは旅を続けるのか?」
「なぜ手に入れたものを手放してしまうのか?」
「私たちは旅に出なくていいのか?」
「そもそも人生は旅ではないのか?」
などなど、この物語を読んで得られる「問い」は限りなく多い。
あっさりと描かれているからこそ、読者に想像の余地を残し、読んだ人それぞれの物語に装飾できるのだ。
答えには終りがあり、問いには始まりがある。
問いとはまさに人生そのものじゃないか。『旅のラゴス』が生涯最高の一冊になってもおかしくなかろう。
と、今の私は思う。
生涯最高の一冊を見つける方法
私は毎日出来る限り本を読むようにしている。それが私の心を調節する一番の手段だからだ。
それだけ読書に時間を費やし、数え切れないほどの本と触れ合った私。だがそれでも、中学生のとき、人生最初に読書的衝撃を受けたあの本を越える作品はない。
あれから15年以上が経っているが、未だにあの作品は私の中で生涯最高の一冊と呼ぶに相応しい作品であり続けている。あえてここで紹介することはしないが。
その作品を正当に評価できないと自覚しているからだ。
しかし、別に他人からの承認を得ようとも思わないし、同意だっていらない。
ただただ、あの思春期の未成熟な私の心に「読書の愉しみ」を与えてくれ、読書の世界を授けてくれたあの作品を特別に思う私の気持ちがあればそれでいいのだ。
こうやって考えてみればあの作品は、私の「生涯最高の一冊」は、私にとっての始まりだったわけだ。
忘れようもないのだ。
だから、大それたことを言わせてもらうならば、もしあなたが生涯最高の一冊を見つけたいと思うのであれば、目の前の作品に「問い」や「始まり」を見つけるべきだと思う。
それがあなたの旅の始まりであり、あなたの人生そのものになっていくのではないだろうか。
なんてことを思った次第である。
以上。
旅のラゴス (新潮文庫) | ||||
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