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世にも奇妙な物語っぽさとは。恒川光太郎『夜市』

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どうも、読書中毒ブロガーのひろたつです。

今回紹介する作品は、珍しく私が選んだものではなくて、ツイッターでレビューを依頼されたものである。

こういう思わぬ出会いは、未知の面白さを味わえるから大歓迎である。

 

なかなかこうやって依頼されて記事を書く機会がないので、やたらと力の入った記事になってしまった。ぜひお付き合いいただきたい。

 

内容紹介

 

では早速、今回の記事の主役をご紹介。初めての作家さんである。

 

 

 

何でも売っている不思議な市場「夜市」。幼いころ夜市に迷い込んだ祐司は、弟と引き換えに「野球選手の才能」を手に入れた。野球部のエースとして成長した裕司だったが、常に罪悪感にさいなまれていた――。 

 

アマゾンのレビューに軽く目を通しのたのだが、多かった感想は「世にも奇妙な物語でありそう」だった。

私はこの言い回しがかなり嫌いである(別にその言い回しをする人が嫌い、という意味ではない)。

ちょっと不思議な要素があったり、変則的なパターンの物語に対して「世にも奇妙な物語みたい」と表現してしまうのは、少々安直すぎるというか、乱暴に放り込みすぎだと思う。

大体にして『世にも奇妙な物語』自体が、非常に受け皿のでかいコンテンツである。正直なんでもありなのが『世にも奇妙な物語』だ。

 

世にも奇妙な物語っぽさって?

 

ということで、ちょっと考えてみた。

みんなが『夜市』から感じてしまう「世にも奇妙な物語っぽさ」とはなんだろうか。

 

私なりにまとめると、以下の2点がキーポイントだと思う。

 

観客との距離感

インスタントさ

 

この2点を中心に、レビューを書き進めてみよう。もちろんネタバレはなしである。安心して楽しんでもらいたい。

 

グロはホラーではない 

 

一時期、ホラー小説にハマっていたことがあった。確か『黒い家』がキッカケだったと思う。

家に帰るのが怖くて、しばらく会社で時間を潰したりするぐらい、私に(悪)影響を与えた作品だった。

そんなに怖い思いをしたくせに、さらにもっと怖い本が読みたくて、漁りまくった。

で、その結果いろいろ分かったことがある。

もちろん私の好みもあるだろうが、グロはホラーではない

これは世の作家の多くが勘違いしている部分だと思う。

似たような例で言うと、ゾンビが出てくるからって、ホラーになるわけではない。

まあ、ジャンルとしてはそっち側になるのだろうけど、私が認めるホラーというのは、単純に「怖いと思わされるもの」である。

そういう意味では、ゾンビが出ようが、臓物が飛び出ようが、怖さを感じさせなければホラーではないのだ。

なので、うちの奥さんの口からたまに飛び出す「明日、何の日か分かってるよね?」の方がはるかにホラーなのだ。というかそれ以上のホラーを私は知らない。明日が何の日なのかも知らない。誰か教えてください。

 

『夜市』に見る“怖さ”

 

で、話は今回の主役である『夜市』に戻る。

ネタバレはしない主義なので詳しくは書かないが、『夜市』には独特の恐怖感がつきまとっている。嫌な空気を感じる。

でもだからといって、残酷なシーンが出てくるわけでも、ゾンビが出てくるわけでもない。いきなり殺人鬼が現れるような驚かせるシーンも存在しない。

でもなぜか恐怖が常にそばを漂っている。まさに私が求めるホラーだ。

 

さて、では『夜市』に限らず、怖いと感じさせるものの正体とはなんだろうか

 

怖さの正体

 

色々あるとは思うが、私はここでひとつ「見えなさ」を挙げたい。

 

私は小説を読むときに、作者との距離感を測ることを第一とする。

「この作者は、今読者にどんなことを感じさせたいのか」

「作品を通して、どんな体験をさせたいのか」

「どんな手法を好む作者なのか」

「物語をどうやって展開したいのか」

などなど、文章を読みながら、姿の見えない作者自体に思いを馳せる。

 

しかしこの『夜市』、まったく作者の姿が見えない。普段であれば物語のすぐそばに見えるはずの作者の姿がどこにもない。

…いや、目を凝らすと少しだけその存在が仄かに見える。でも、物語の分厚いベールの奥の奥にいるようで、その姿形はまったく分からない。そんな印象を受けた。

 

先程も書いたように、『夜市』は分かりやすく読者を怖がらせるようなことはしない。むしろこちらに関わろうという雰囲気もない。感情を盛りたてるような素振りもない。ただただ、そこに物語があるだけだ。非常に無機質である。

この素っ気なさが怖い。作者の温度が感じられないのが怖い。淡々と展開される物語には、熱が感じられない。

一体、どんなことを私にしてくるのか。どんな仕掛けが施されているのか。まったく分からない。

ただ、自分とは違う生き物を前にしたときのような、あの独特の“非情さ”は感じられた。

こちらの倫理観がまったく通じないような、絶望感にも似た感じ。

 

独特の距離感

 

この距離感は『世にも奇妙な物語』にも似たものがある。

あれはそもそも、世にある作品を番組の制作サイドが選び出したに過ぎない。

中には脚本家が書いたオリジナルのものもあるけれど、名作と呼ばれる作品のほとんどには原作が存在する。

ゆえに、『世にも奇妙な物語』というまとまりの体を装いながらも、中身には実態がない。あらゆる作家の集合体である。しかし、特定の作家の全てが入っているわけではなく、その一部を含んでいるだけだ。

だから、『世にも奇妙な物語』は誰の作品でもなくなっている。製作者の実態が希薄で、いきなり物語がそこに現れたような唐突さが付きまとう。どんな物語を繰り出してくるか分からない恐怖がそこにある。

 

想像力を利用する

 

未だに私の中でのベストホラー作品は『黒い家』である。文句なしに人生で一番怖かった小説だ。

そんな怖い小説、『黒い家』の著者である貴志祐介は、創作方法を記した『エンターテイメントの作り方』にて、このような趣旨の発言をしている。

 

「読者が怖がるような分かりやすいキャラを登場させる。そのキャラは、明らかに無敵の存在。しかしそのキャラクターを死体をいきなり読者の目の前に転がせておく。どうやって殺されたかは分からない。すると、読者は勝手に想像力を膨らませてくれる。それが恐怖を呼ぶ」

 

かなり明け透けな発言なので、人によっては小説のテクニックを晒されているように感じて醒めてしまうかもしれない。でも私は非常に感心してしまった。そんな手法があるのかと。

貴志祐介の試みは確実に成功していた。『黒い家』の“あのシーン”の恐怖感は、半端ではない。あの禿頭(貴志祐介の意)の見事な計算の上で成り立っていたシーンだったようだ。

 

このように、読者の想像力と恐怖感は、非常に相性がいい。

というか、想像力が働かないぐらいモロに見せられると、それこそ興醒めである。

  

観客の集中力に頼らない

 

改めて思い出してみると、『世にも奇妙な物語』に出てくる話というのは、非常にシンプルだ。

ひとつの話に対して、ひとつのテーマのみ。主人公が何かの問題に巻き込まれたら、それだけで終わりだ。余計な要素は増やさない。たったひとつのテーマだけで完結してしまう(中にはあえて完結させないようなものもあった気がする)。

ではなぜ、そんな簡潔な構成にしているか。

思うにリズム感ではないだろうか。

 

人の集中力というのは、意外とアテにならない。

すぐに途切れてしまうし、映像作品であれば、単純に“観ていない”ことが多々ある。そこで製作者は、シーンや物語の切れ目などをバランスよく配置し、観客の集中力をコントロールする。

代表的な例で言うと、洋画でよく見かける「音楽だけが流れて、風景などを映すシーン」である。あれは、観客の脳を休ませる効果がある。

ひとつのテーマだけで物語を簡潔させる。観客の集中力が失う前に、物語を畳み掛ける。リズムがよく、非常に心地よいだろう。「もっと観たい!」と思わせることができる。

『世にも奇妙な物語』が人気を博している理由は、この辺りにあると思う。

端的に言うならば、とてもインスタントなのである。思い悩む前に物語を終わらせてくれる。 

 

思考を濁らせないストーリー展開

 

そんなインスタントさが『夜市』にもある。

非常に明快に物語が展開される。読者を思い悩ませるような入り組んだ構造にはなっていない。真っ直ぐな道が用意されているだけだ。

ゆえに高いリーダビリティが『夜市』には備わっている。さらさらと物語を流し込むことができる。

 

まだしっかりとは読んでいないのだが、『夜市』の巻末には選評者たちのコメントが載っている(『夜市』は第12回日本ホラー小説大賞受賞作)。

そこには「情景が浮かぶ」というコメントが大きく記されていた。

この「情景が浮かぶ」のも、余計な要素を排除して、読者にシンプルな物語を提供した結果だろう。もちろん作者の巧みな描写力と、アイテムの選定眼によるところも大きいだろう(読者が想像しやすい小道具を選び出すセンス、とも言える)。

 

読者の思考を濁らせないように、淀みなく物語を紡いでいく。親切な物語である。

でもその一方で、全容を見せようとしない冷たさも持ち合わせている。

そんな二面性が『夜市』の魅力を際立たせているのだ。 

 

以上。長々とお付き合いいただき感謝。

 

 

 

次はこちらの作品を読む予定。幽BOOKSは信用できる。

 

 

 

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