突然だが、ひとつあなたに聞きたい。
あなたの今までの人生の中で、じゃがいもに感動したことが一度でもあっただろうか。
私はある。だが勘違いしないでほしい。別に私はじゃがいも農家の一人息子とかで、学校で「じゃがいも野郎」とかバカにされたりして、両親に「なんでうちはこんなかっこ悪い仕事をしてるんだよ!」とかいう反抗期を迎えて、そのまま両親とギクシャクしてしまい、じゃがいもとは無縁の会社に就職したものの、いざ仕事が始まってみると大量の業務に忙殺され、人間関係も上手くいかず、ボロボロの心と身体で家に帰ってみると、食卓にはいつものじゃがいもの味噌汁があって、一口啜ってみるとそれがとんでもなく美味くて、涙を流しながら飲んだ。みたいな感動をしたわけではない。
私を感動させたじゃがいもは彼らである。
彼らの名前は“MOROHA”という。見ての通り、男2人にギター1本にマイク1本という、質素極まりない編成で音楽に挑んでいる。それだけですでに異彩を放っていることが分かるだろう。
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人を選ぶ?
正直言って、最初にこのMVを観て彼らの音楽を耳にしたとき、私の中に浮かんだ感想は「不快感」であった。
振り絞るような歌い方や極端にメロディーの少ない楽曲。再生回数が100万回を越えていることが不思議でならなかった。普通の人が聴くような音楽ではないと思った。だって、彼らがミュージックステーションに出てるところなんて想像できないでしょ?ポピュラー要素がMrs. GREEN APPLEの100分の1ぐらいしかない。
そして何よりも暑苦しい。どんだけ汗を垂らしているんだ。見た目も汚らしいし。
なんてことを最初は思っていた。
大間違いであった。まさかこんなに中毒性があるなんて。
必死さが観客を説得する
今の私は完全にMOROHAのファンである。彼らの音楽が心地よくて仕方ない。
もちろん暑苦しいラップの裏で寄り添うように奏でられるギターも素晴らしく心地よいのだが、ラップそのものも聴き続けたくなってしまった。じゃがいもにメロメロである。
あんなにも「食べにくい」と思っていたのにこれである。一体私の耳に、心に、どんな変化があったのか。
MOROHAには、売れ線のビジュアルも歌唱力もない。雑草みたいな音楽である。
だがそんな彼らだが、ギターの演奏と、ラップの熱量、そして魂を削り出したような歌詞は、聴く者の耳と心に確実に影響を及ぼす。
歌詞はMCアフロが一手に引き受けているようだ。あのじゃがいも頭のダサい見た目の彼から出てくる言葉は、モラトリアムにまみれていて、まるで泥沼で藻掻いているようだ。その姿は見苦しいかもしれない。暑苦しいかもしれない。
だが、だ。
彼は間違いなく真剣である。
人は単純だ。一生懸命な人を応援したくなるものなのだ。例えそれがどれだけみっともなくて、無様で、かっこ悪くて、下手くそだとしてもだ。足掻いている人を好きになるようにできている。
別にはこれは同情なんかではない。応援したいと思う人間の数少ない美徳だろう。
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変わっていく音楽の在り方
多くの方がご存知だろうが、今、CDというものはほとんど売れていない。そりゃそうだ、これだけネットでタダで音楽を聴ける時代だ。わざわざ買おうなんていう奇特な人は限られてくるだろう。よっぽど好きなアーティストでもなければ買おうとは思わない。
では、音楽業界にお金が流れなくなったのかというとそうでもない。
CDが売れなくなった代わりに、ライブやフェスの興行収入が右肩上がりになっているのだ。
※参考記事
基本的に人は快楽に向かって行動する。CDが売れた時代というのは、音楽を聴ける環境が限られ、新しい楽曲を聴いて快楽を得るためにはCDを買うのが一番手っ取り早かった。だからこそ売れていた。
だが、繰り返すが今は最新の楽曲だってネットでタダだ。新しい快楽はすぐ目の前にある。
しかし、人はすぐ目の前にある快楽にはそこまで刺激を感じなかったりする。より強い快楽を求める。より特別な体験を求める。
それがつまりライブやフェスという“体験”だったわけだ。
音楽を聴くだけではなく、音楽を現場に行って体験する。この強烈な音楽体験はネットでは提供できないだろう。
体験を作り出すMOROHA
話をMOROHAに戻そう。
彼らの音楽の何が特別かを考えたとき、あの音楽性とかよりも、単純に衝撃を受けてしまったあの感覚こそがMOROHAたる所以だと思う。
好き嫌いは別にして、ただただ圧倒され、自分が傍観者と化してしまう。そんな体験。それこそがMOROHAなのだ。
MOROHAというバンド名にどんな由来があるのかは知らないのだが、きっと「諸刃」だろう。
「諸刃」をグーグルで調べてみると、こんなことが書いてある。
一方では大変役に立つが、他方では大きな害をもたらす危険のあるもの。
アフロの言葉があんなにも血が通って感じるのは、彼の苦しみの中から生まれ、魂を削り出し、彼自身を傷つけながら吐き出されたものだからということは誰の耳にも明らかだろう。
その一方で、彼の言葉は私にも突き刺さる。こんなにも必死に生きている彼の姿勢も同様である。「漫然と生きるな」と発破をかけられるようだ。
お互いに傷つくという体験。耳で感じるだけの音楽ではなく、MOROHAという体験を作り出している。
それがMOROHAの最大の魅力なのだ。そしてあの体験をもう一度したいからこそ、私はまた何度も彼らの音楽を聴きたくなるのだ。
人は温度差に弱い。自身が冷たければ熱いものに触れることはできない。
MOROHAの音楽は熱い。生半可な熱量では触れられないので、中途半端な聴き方では到底受け入れられない。真正面からしか受け取れないのがMOROHAなのだ。
音楽ではなく、体験を強要するMOROHA。
彼らの音楽がどれだけの人々を惹き付けられるか、私は楽しみに見守っていきたいと思う。
以上。