先日こんなニュースがあった。
一応これでも日本一の読書ブロガーを名乗る私なので、こういった本関係のニュースには反応せざるを得ないし、それなりのコメントも残す必要があるだろう、といういらん使命感を持っている。
で、この一連の流れに対しての考えは、まさにタイトルそのまんまなのだが、「本屋をイジメないでほしい」というこの一言に尽きる。
皆さんが言う通り、本屋がオンライ書店に対して課税を求める姿は、非常に見苦しいというか、往生際が悪いようにかもしれない。だがだとしても、本屋を叩くことが正しいとも思えない。
なぜなら本屋は生き残るために必死なだけだからだ。
「本屋」と簡単にくくってしまうと、まるで記号のように感じられるかもしれないが、実態は、本を売ることに人生を捧げてきた血の通った人間たち、である。我々と何も変わらない。同じように賢く、愚かである、という意味だ。
観察者でしかない外野は簡単に言うだろう。もう時代は変わってる。本屋はもうオワコンだ。素直に諦めるべきだ。などなど。
こういった物言いも見かけるたびに思うのだが、そういったアドバイスや提言をする人たちは、何の責任も取らない。ただ現象を見て、分かったようなことを言っているだけだ。上から見下ろしたような言い方をしているが、外だけを見て中身を把握していない。本屋の中にいる人たちが、どんな立場にいるのかも知らないだろうし、知ろうともしないだろう。
責任を取らず、理解もしようとしない人間の言葉は聞くに値しない。私はそもそも他人にアドバイスを求めるタイプではないので、なおさら思う。私が本屋の中の人だったらこう思う。「お前らには関係ないだろ」と。何の責任も取れないなら、せめて黙ってろ、と。
それにどう考えたって本屋は終わっている真っ最中だ。
年中本を読んでいる私だって、リアルの書店で買い物をする機会は年に1回かそこらだ。わざわざ在庫があるかどうか分からない店になんて、出向く必要なんてないと考えるからだ。それに買うのはもうほとんど電子書籍である。これは本を読む人の多くが同じだと思う。
わざわざ叩かなくたって、十分本屋は苦しんでいる。これ以上痛めつける必要はないのだ。それとも弱っている姿を見ていられないからトドメを刺したいだけ?
落ち着いて考えてほしいのだが、少しでも生きながらえるために見苦しくもがくのはそんなに悪いことだろうか。私は人間らしくていいと思う。
こんな話を聞いたことがある。
人は車に轢かれる瞬間、意味がなくてもとりあえず手を伸ばして車を止めようとするのだそうだ。
これはまさしく悪あがきである。皆さんは、この行為を非難するだろうか。
ネットリンチはいつだって見るに耐えないのだが、それでも叩こうとしている相手が弱ってるかどうかぐらいは判断してもらいたいと思う。あまりにも慈悲がなさすぎる。
ということで、もし機会があったら私が厳選する面白い小説たちを、ぜひ本屋さんで買ってほしい。