俺だってヒーローになりてえよ

何が足りないかって、あれだよあれ。何が足りないか分かる能力。

『占星術殺人事件』を超えるトリックは出ない

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衝撃を受けた傑作。

 

『占星術殺人事件』の主な内容

 

密室で殺された画家が遺した手記には、六人の処女の肉体から完璧な女=アゾートを創る計画が書かれていた。彼の死後、六人の若い女性が行方不明となり肉体の一部を切り取られた姿で日本各地で発見される。事件から四十数年、未だ解かれていない猟奇殺人のトリックとは!? 名探偵・御手洗潔を生んだ衝撃のデビュー作、完全版!  

 

色んな意味で邦ミステリーの方向性を決定づけた作品である。

私が読んだのはミステリー小説にヤラれてドハマリし始めたとき。こういう「〇〇殺人事件」みたいなゴリゴリのタイトルにやっと手を出せるようになった頃である。分かるだろうか、ミステリーに全然興味がなかった頃は、「〇〇殺人事件」なんてタイトルの本の良さがまったく分からなかった。ダサすぎると思ってた。まあ今も思ってるけど。

でも今なら分かる。「〇〇殺人事件」の名を冠することが、推理小説作家にとってどれだけ覚悟のいることなのかを。

 

 

鮮烈過ぎて嫌われた当時の問題作

御大こと島田荘司。

推理小説好きでその名を知らないものはいないだろう。

33歳でデビューを果たしてから、その特異な作風で読者を魅了しつつも、当時の文壇からは非常に嫌われていたそうだ。

 

当時としては、島田荘司の鮮烈にすぎる才能が認められなかったのだろうと想像できる。いつの時代もそうだが、新しいものを作ると批判されやすいものである。だって批判するのは簡単だし、批判することで「自分は正しい側である」というふうに安心できるから。あー小さい、小さい。

そんな不遇の時を過ごしていた島田荘司だが、少数ながらも認めてくれる人がいた。

それが鮎川哲也、梶龍雄、森村誠一。

梶龍雄と森村誠一は読んだことがないので分からないので紹介できないが、鮎川哲也に関しては分かる。っていうかほとんどの知ってると思うが、日本推理小説界きってのトリックメイカーである。間違いなく天才

そんな「トリックを生み出す天才」が認める男、それが島田荘司だったのである。


推理小説を進化させてしまう

『占星術殺人事件』で強烈なデビューを果たした後も、島田荘司の勢いは止まらなかった。

長い作家生活の中で、有名な賞(直木賞や江戸川乱歩など)を勝ち取ることはなかったが、後世への影響は計り知れないものがある。

島田荘司の影響を受けたと公言している作家が、ちょっと調べてみただけでもこれだけいる。そうそうたるメンバーである。

・綾辻行人

・我孫子武丸

・司凍季

・霧舎巧

・麻生荘太郎

・松田十刻

・歌野晶午

・法月綸太郎

・伊坂幸太郎

・貫井徳郎

・小島正樹

全員の作品を読んだことがあるわけではないのだが、知っている限りでの特徴を挙げるとするならば、それは

どれだけ完成度の高いミステリー作品を生み出せるか

という所だろう。

 

これは簡単なことではない。才能も努力もないとできないという、変態にしか突き進めない道のりである。しかし、島田荘司作品を読んだ作家志望の若者たちの多くがこの変態道を志してしまったのである。島田荘司という変態から、新たな変態へと時代は受け継がれていく。

 

こうやってできた変態による大きな流れが、推理小説をまったく新しい次元へと変えていったのである。

 

島田荘司以前の推理小説は、横溝正史に代表されるようにホラーとの関係が非常に色濃いものだった。

殺人というテーマを扱う上で、読者をその世界観に引っ張りこむためには「恐怖」という感情を使うことが便利だったのだろう。いわば雰囲気が重視されていたわけだ。

しかし島田荘司以降はこの流れが一気に変わる。

まず肝にあるのは「いかに欺くか?」であり、作品がホラーだろうが、青春モノだろうが、コメディだろうが、刑事モノだろうが関係なくなった。徹底して推理小説の快楽を追求することを求めるようになった。

これにより、作品の幅が広がるだけでなく、トリックの幅も広がっていき、新世代ともいえる名作たちが次々と生まれていったのである。


その頭脳、悪魔的

さて、そんな多大な影響力を持つ島田荘司作品。その最大の魅力は、その悪魔的頭脳から生み出されるトリックにある。常人の貧弱な脳みそでは何回生まれ変わっても出てこないであろうレベルである。

 

多くの推理小説作家は特別な一発を上げると、その才能を枯らしてしまうことが多い。

これは悲しいけれど避けようのない事実であり、本来トリックというのはそういうものなのだろう。鮮烈なアイデアというのは、誰の元にもやってくるものではないし、やってきたとしても何度も微笑んでくれるほど甘くはないのである。

 

だが、島田荘司の元にはたびたび新たなトリックが訪問してくる。

これはもう推理小説の神から愛されているとしか言いようがない。ずるい。

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キャラクター小説の生みの親

その他にも島田荘司作品の大きな魅力として”キャラクター”がある。

俗に言う「キャラクター小説」というのは島田荘司から始まっていることをご存知だろうか。

作品の内容だけでなく、出てくるキャラクターのファンになってもらうという手法である。

これを可能にするには、読者になんとかしてキャラクターに愛着を持ってもらわないといけない。愛着を持たれるような魅力的な人物を創造しないといけない。

 

そこで島田荘司が生み出したのが、名探偵 御手洗潔である。

当時としては、他に類を見ないほどに変人であり、超天才。奇抜なのに抜群の発想力と論理力を持つ御手洗潔は、多くの読者を骨抜きにしてしまった。もちろん私もイチコロである。最初は「なんじゃ、そのだっせえ名前」って思ったけどね。

一度、島田荘司作品の人気投票が企画されたことがある。キャラクターの人気投票ではなく、作品の人気投票である。ファンが選ぶ島田荘司の一番面白い作品を決めたわけだ。

すると驚きの結果が出た。

数多くある彼の作品の中で一番になった作品というのが、何の事件も起こらずに、御手洗潔とその友人である石岡くんがただコーヒーを飲むだけという話だったのである

これは長らく御手洗潔作品を読んでいる人にしか分からない、極上の味わいがこの作品にあるからなのだが、いきなりこの話を読んだ人がいたら「何じゃこのクソ作品は!」と本を壁に叩きつけることは間違いない。しかも「人気投票1位」なんて紹介されてるから、余計に被害者が増えそうである。ご愁傷さまです。

話の本筋でもなく、驚愕のトリックでもなく、スケールの大きさでもなく、ただキャラクターの感情の動きだけで人を魅了することに成功した稀有な例である。

島田荘司が優秀なキャラクター小説クリエイターっぷりが垣間見えるエピソードだろう。

 

著者最高のトリック!

そして今回紹介する「占星術殺人事件」だが、デビュー作ということもあり、拙い部分は多数ある。

特に最初の占星術に関する文章は読んでいて「もう止めようかな…」と思わずにいられないほどつまらない。本当はこんなことわざわざ書きたくないけれど、事実なので仕方ない。正直に語るのがこのブログの数少ない良い所なので…。

で、この作品が名探偵御手洗潔の初登場になるのだが、この作品では完全に不発。まったく魅力がない。優秀なはずの頭脳がまったく活かされておらず、かなりのでくの坊に成り下がっている。見どころがない。でも逆に御手洗潔ファンからすると、この初期の木偶の坊っぷりがたまらない部分も否定できなかったりする。

 

 

ということで、全然面白くないし、キャラクターも全然魅力的じゃない、と多数の問題点を抱えている『占星術殺人事件』。このままだとただの駄作である。

では何をもってして傑作と私が断言しているのか。そして多くのファンから愛されているのか…

 

それは、トリックである。

 

もうね、肝となっているトリックがヤバすぎる。天才の発想すぎる。うーん、ハードルを上げすぎて怖くなってくるけれど、でもそれしかないのだ。この作品には。

「トリックが秀逸」というシンプルにして最強の槍を持った作品。それが『占星術殺人事件』なのである。

当然ネタバレはしないつもりなので、概要さえもここには書かない。

でも凄さを少しでも伝えるとするなら…

 

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まあ、こんな感じになったよね。

一週間ぐらい(嘘)。

 

 

不可能としか思えない犯罪。絶対に犯人なんかいない。そう考えるしかない状況で明かされる真実に驚愕することだろう。

この衝撃は他の小説ではぜっっっったいに味わえない。これを超えるトリックは今後推理小説の歴史がどれだけ積み重なっていっても現れないだろう。断言します。それほどまでに異次元のトリックである。

私はその衝撃の瞬間を会社の喫煙所で迎えたのだが、思わず「おっ」と声が出てしまった。周りの人から「どうしたの?」と心配されたのをよく覚えている。無意識に声が出るくらいの衝撃って、なかなかないよ。

以上。