はい、侮っていたのは私です。
デビュー作の再来か?
どうも、読書ブロガーのひろたつです。今のところ死ぬ予定はありません。いや、あるか。いつかは知らないけど。
ということで今回は死を扱った作品のご紹介。著者は伊坂幸太郎。タイトルは『死神の精度』である。主人公はずばり“死神”である。
CDショップに入りびたり、苗字が町や市の名前であり、受け答えが微妙にずれていて、素手で他人に触ろうとしない―そんな人物が身近に現れたら、死神かもしれません。一週間の調査ののち、対象者の死に可否の判断をくだし、翌八日目に死は実行される。クールでどこか奇妙な死神・千葉が出会う六つの人生。
伊坂幸太郎の8作品目にあたる今作の主人公は死神である。
この設定を最初に聞いたとき、私は悪い予感がした。毎度異常なクオリティで作品を仕上げてくる伊坂だが、“死神”なんていう非現実的な存在を持ち出してきたことに危惧を感じたのだ。
というのも、伊坂幸太郎のデビュー作である『オーデュボンの祈り』でも、「喋るカカシ」という非現実的な存在が登場していた。それのせいだけではないとは思うが、それにしても伊坂作品の中でも『オーデュボンの祈り』はいまいちな部類だと私は思っている。
なので今回の『死神の精度』も、同じような中途半端な作品になってしまうのではないか。
そんな心配をしてしまったのだった。
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堂々の本屋大賞3位!
果たして私の心配は杞憂に終わった。『死神の精度』は予想を上回る面白さであり、それを感じたのは私だけではなかったようだ。なんとあの「本屋大賞」にて堂々の3位に入賞したのだった。めでたしめでたし。
一応補足しておくと、私はいち本好きとして一番信用している文芸賞が「本屋大賞」なのだ。正確には文芸賞ではないのかもしれないが、とにかく「面白い小説を見つけたい」と思ったときに一番素直に参考にできる賞だと評価している。
というのも、本屋大賞はその投票制度の仕組み上、非常に大衆的(エンタメより)であり、出版社のごり押しの影響を受けにくい、という特徴がある。
これが直木賞や芥川賞となると話が変わってくる。
直木賞は作品自体に贈られる賞ではあるものの、「作家に贈られる賞」というのが本好きの間では共通認識としてある。つまり直木賞受賞作が特別面白いとは限らないのだ。
※参考記事
その点、本屋大賞3位は間違いなく面白い。断言しておこう。
全国の書店員、つまり本好きが選んだ本なのだ。間違いない。
こちらの世界に滑り込んでくる設定
『死神の精度』の主人公である死神の千葉は、音楽に異様な興味を示し、時間さえあればCDショップで視聴をしている。という設定になっている。
この設定がそもそも面白い。
CDショップで視聴をしている人というのは、今時かなりの少数派だ。珍しい人の部類に入る。だけど誰もが見たことがある。そんな「遠いけど、確かに知っている存在」を物語の中に配置することで、読者は分かってはいても「もしかしたら自分のそばにもいるかも」というフィクションを飛び越えてくる楽しみ方をしてしまう。物語が小説世界から飛び出して、こちら側(読者側)の世界に滑り込んでくるのだ。
この手法はそこまで珍しいものではないかもしれない。しかし読者を物語世界に没頭させるために非常に有効な手法である。ある種、メタ的な楽しみをもたらせる手法だ。
伊坂会話劇を上手く利用
伊坂幸太郎の作品の魅力は、大きく挙げると2点。
・異常なまでの伏線回収
・ハイレベルな会話劇
伏線を回収しまくることで、読者はいまだかつてないカタルシスを経験する。そして、作中でたびたび展開される思わずニヤリとしてしまうような会話の数々。
これらが混ざりあうことで、読者を選ばないような非常にエンタメ性の高い小説となり得ている。伊坂作品が「小説の楽しみ方を教えてくれる」と言われる所以だ。
『死神の精度』では伊坂作品で今まで見られた会話劇部分を、冗談としてではなく「死神と人間のズレ」として上手く活用している。
普通の会話であれば冗談で言うようなことを、あえて主人公の死神である千葉に真面目に言わせることで、千葉を“異質な存在”たらしめているのだ。
これは伊坂幸太郎の持つ能力「ハイレベルな会話劇」の活用方法として一種の発明だと思う。まさかこんな効果が生み出せるとは思いもしなかった。
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扱うテーマは“死”。だけど軽やか
『死神の精度』は死神が出てくるぐらいなので、扱っているテーマは“死”である。それは同時に“生きること”でもある。これだけを見ると非常に重たいテーマだと言える。
実際、過去にも死神を主人公に据えた作品はある。
マンガなのだがこちらは非常にずっしりとしたドラマを抱えた作品に仕上がっている。
『DEATH NOTE』然り、『ジョー・ブラックをよろしく』然り。どれも物語としての面白さと同時に、重さも有している。他にも例を挙げればキリがないだろう。それくらい「死神」と「物語の重さ」は切っても切り離せないものなのだ。
しかし『死神の精度』はどこか軽い。軽いと書いてしまうと「適当」みたいな意味に捉えられてしまうかもしれない。精確には“軽やか”、だろうか。
無機質ながらもどこかおかしみを持った死神の千葉。そして自分が一週間後に死ぬなんてことを知らずに、日々を過ごす人々。
彼らの様子に悲壮感はない。悲劇的でもない。これは確実に悲劇なのだが、悲劇と感じさせない軽やかさがある。
これこそが伊坂の筆がなせる業なのだろう。
真剣だけどどこか脱力していて、真面目だけど常に斜に構えている。そんな伊坂幸太郎の執筆姿勢がこの物語をただの悲喜劇にしない。
侮れない
設定も会話の妙もあり、読書の愉しみをしっかりと味あわせてくれる昨品である。
ただこれまでの伊坂作品と違って、ミステリーではないので伏線云々を期待してしまうと肩透かしを喰うだろう。物語として、純粋に楽しんでもらいたいと思う。ミステリー好きはあまりにも読書姿勢が邪すぎる。
これまで数々の魅力的なキャラクターを生み出してきた伊坂幸太郎。今度の主人公は死神である。
人智を超えた存在を、伊坂幸太郎という特異な才能がどう描き出すか。
そして、伊坂幸太郎の手によって描かれる「生」と「死」はどんなエンタメに仕上がるのか。
それを楽しみにしていただきたいと思う。
非常に侮れない作品である。
以上。
続編は千葉の活躍がさらに増しているし、しかも長編なので今作が気に入った方には確実にオススメしたい。