俺だってヒーローになりてえよ

何が足りないかって、あれだよあれ。何が足りないか分かる能力。

画期的な“読者アシスト”という試み。塩田武士『騙し絵の牙』

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どうも、読書中毒ブロガーのひろたつです。

今回の記事は「2018年本屋大賞ノミネート作品全部読むまで死ねまてん」の第5弾である。

 

ちなみに2018年本屋大賞ノミネート作品はこちら。

※済と書いてある作品は、レビュー記事を書いてあります。

 

AX アックス 伊坂幸太郎 

かがみの孤城 辻村深月 済

キラキラ共和国 小川糸

崩れる脳を抱きしめて 知念実希人

屍人荘の殺人 今村昌弘

騙し絵の牙 塩田武士 

たゆたえども沈まず 原田マハ 済

盤上の向日葵 柚月裕子 済

百貨の魔法 村山早紀 済

星の子 今村夏子

 

そんな中で今回紹介するのが…

 

これだ!

 

『騙し絵の牙』!!!

 

大手出版社で雑誌編集長を務める速水。誰もが彼の言動に惹かれてしまう魅力的な男だ。ある夜、上司から廃刊を匂わされたことをきっかけに、彼の異常なほどの“執念”が浮かび上がってきて…。斜陽の一途を辿る出版界で牙を剥いた男が、業界全体にメスを入れる! 

 

2017年の本屋大賞にて『罪の声』で3位という快挙を達成した塩田武士の新作である。

なんと驚きの「大泉洋をあてがき」という試み。

さてさて日本一を自称する読書中毒ブロガーは、この作品をどのように読んだか。出版社が仕掛けた奇策は、一体どのように機能したのか。

 

ネタバレせずに作品を解説していくので、参考にされたし。

 

いい加減にしろや、帯、ポップ

まず最初に怒りを吐き出しておきたい。

 

『騙し絵の牙』という思わせぶりなタイトルは、本好き、特にミステリー好きであれば期待せずにはいられないだろう。しかしそれと同時に不安も感じる。本当に読者を騙す気があるのであれば、わざわざこんな分かりやすいタイトルにする必要がないのに…。

それに書店で踊るポップには私の大嫌いなあの言葉が…。

 

「あなたは必ず大泉洋に騙される…!!」

 

はあ?

何度言えば分かるんだよ。

最初に「騙される」と言われて騙される人がいるわけがないだろう。それでも騙せたら、それは相当な傑作。そんな作品はほんのひとにぎり。それこそ5年に1作とかそういうレベルだから。安易に「絶対に騙される」とか言うな。

 

なのでこの作品を未読の方は気をつけてほしい。ネタバレはしないが、これは言っておく。

 

『騙し絵の牙』は騙されるような作品ではありません。

当然ミステリー作品でもありません。

 

では帯に書いてあることや、ポップに書いてあることは嘘なのか?と疑問を持たれるかもしれない。そう嘘だ。全部嘘だ。大の大人が揃いも揃って、本を売りたいがために嘘を吐いているのだ。誇大広告とかいうレベルではなく、純粋に嘘である。

 

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塩田武士の筆力が凄まじい

出版社や本屋のやり方は汚いが、作品自体は最高に面白かった。これは保証しよう。

私は塩田武士の前作である『罪の声』を読んでいないのだが、彼は相当な筆力を持った作家だとこの『騙し絵の牙』で思い知らされた。物語への引き込み方が、めっちゃ力強い。

生々しい会話に、汚らしい人間劇、主人公の苦悩などなど、重苦しくも目を離せないドラマはページを捲る手を加速させていく。それに合間に繰り出されるテンポの良いユーモア。読者を楽しませる手数の多さが半端じゃない

右から左から、次々とぶん殴られているような作品だった。

実力がある作家にしかこんな作品は生み出せない。読み終わったときの満足感もひとしおだった。

それだけ物語世界にのめり込んだということだろう。

 

斜陽業界を描いた力作!

日本では読書を趣味とする人自体がかなり少ない。超マイナーな趣味であり、そんな状況で本が売れるわけもなく、出版業界は斜陽産業の代表格である。その中でも特に雑誌は壊滅的な惨状を晒している。きっとこれから雑載はさらに厳しい展開を余儀なくされることだろう。

そんな出版業界の現状を、小説という媒体で強烈なぐらいに生々しく取り上げているのが、本作『騙し絵の牙』である。

これがまた、上手い。小説という出版業界の作品で出版業界の惨状をさらけ出すから、メタ的な面白さが生まれてくるのだ。「こんな物語を世に出してヒットさせようとしているのが出版社なのだ」と。

物語自体を楽しむ自分と共に、出版業界を皮肉ってしまう自分が存在してしまうのだ。

どれだけこの狙ってこの作品を生み出したのか分からないが、この“自分の中でねじれが生まれる現象”は、非常に面白い体験だと思う。

他のテーマであれば絶対に体験できない。

 

求められる複雑性

話は逸れるかもしれないが、最近の音楽の傾向ではある流れが来ている。

というのは、以前であればメジャー(明るい)コードを使った曲、マイナー(暗い)コードを使った曲、というふうに極端に分かれていたのだが、最近ではその境目がどんどんなくなってきている。ひとつの旋律の中にメジャーもマイナーも盛り込むことで、コードに今までにない複雑性が生まれ、新たな快感に繋がっているのだ。

「楽しい!」「悲しい…」という分かりやすいものよりも、

「泣き笑い」とか「切ない」みたいな割り切れないものの方がウケるのだ。

これはなんとなくみんなも納得する部分があるんじゃないだろうか。

 

なので読書体験の中に複雑性を生み出す、という創作はこれからの絶対条件なのかもしれない。

 

この手法はライトノベルです

あと触れないわけにはいかないのが、例の「大泉洋をあてがき」の件である。

Amazonのレビューを見る限り、このチャレンジは概ね成功していたように見受けられる。みんな「大泉洋が大暴れしてた!」的なレビューを寄せていた。

実際私も主人公の速水が喋るたびに「脳内再生余裕」といった感じで、大泉洋の映像が流れまくっていた。

 

さて、わざわざ大泉洋をあてがきした理由がお分かりだろうか。

それは簡単に言えば、“読者のアシスト”である。

これはライトノベルでも使われている手法なのだが、読者に公式のビジュアルを「これです」と示すことで、読書中のイメージ喚起を容易にさせているのだ。

リーダビリティというのは、作品を楽しませる上で非常に重要な要素だが、読者の脳内に明確なイメージが出来上がると、それだけ読み進めることが容易になるので、自然とリーダビリティも上がる、というわけ。

もっと言えば、ライトノベルの読者アシストはキャラの造形や挿絵ぐらいのもんだが、今回の『騙し絵の牙』に関していえば、ビジュアルもキャラクターも所作も知っている大泉洋という人物を使っているので、それはもうアシストしまくり。ゴール前にボールを放置するぐらい簡単な状況を作ってくれている。

 

なのでどちらかと言うと、この作品は読書好きの人間ではなく、今まで読書なんかに興味がなかった層に訴えかける作品なのだ。

どうやら世間的な評価はそこまで高くないが、新しい層に手に取ってもらう、という意味では成功したんじゃないだろうか。実際の数字を知らないので完全なる勘である。

 

新しい試みをしなければ衰退するのみ

私は根っからの読書好きなので、今まで出会ってきたような名作がこれからも生まれてくれることが一番である。しかし、そんな作品ばかりを生み出そうとしてきた結果が、今の出版不況なのである。つまり経済的には失敗しているのが現状なのだ。

『騙し絵の牙』のような新しい試みをすると、古参の人間はすぐに「余計なことをするな」とか「軽薄」みたいなことを言い出すが、そういった人間の言葉に振り回されてはいけない。今まで出来ていたことはそのまま繰り返せばいいし、新たな層を開拓するために新しい試みをするのは、生き残るために当然の戦略である。

大体にして、古参の人間は放っておいても勝手に出版業界にお金を落としてくれる。なにせ奴らは書物に依存した読書中毒だからだ。そう私みたいな奴のことである。

 

作中でも語られていたが、これからはユーザーの時間の奪い合いである。出版社はどうやったら人の時間を掻っ攫えるかを真剣に考えなければならない。

現にツイッターやフェイスブックは、人の時間を自然と奪うようなアルゴリズムを着々と構築している。あんな巨人を相手にしているのだから、相当知恵を絞らなければならないのは誰の目にも明らかだろう。

 

私はいち読書ファンとして、出版業界の反撃を楽しみにしている。

 

以上。

 

影が女性の顔の形になっている演出がにくい。 

塩田武士の出世作である『罪の声』はこちら。売れまくっている。