俺だってヒーローになりてえよ

何が足りないかって、あれだよあれ。何が足りないか分かる能力。

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舐める上司と舐められる数字たち

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どうも、読書中毒ブロガーのひろたつです。

私はとある誰でも知っている大企業のグループに勤めている。しかし誰もが知っている大企業とは言うものの、その大きさゆえに中身は玉石混淆。そしてもちろん私は石の方だ。しかもだいぶ汚い方の。

 

大企業の底辺を這いずり回る、そんな私の日常をほんの少しだけお話ししたいと思う。

 

 

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私の会社は底辺企業なので、数字の管理なんてものは、あってないようなものだ。あると言えばあるし、ないと言えばない。 どこでもあるような職場の七不思議みたいなもんである。

 

「なんか、数字で管理してる人がいるらしいよ…」

「ええー!うそっ、チョー怖い!」

 

こんな扱いである。たぶん。

 

 

現場で働いている私の場合、数字を意識することはほとんどない。上司と話すときに話題のひとつとして挙がるぐらいで、正直「だから何?」と思うことが多々ある。

数字はあくまでも普段やっていることの結果でしかなく、私の興味は「じゃあ何をしたらいいのか?」とか「今現在抱えている問題に対して上司は動いてくれるのか?」といった非常に具体的なことだけだ。底辺企業の中で底辺に属する人間なんてそんなもんだ。とっても動物である。よろしくどうぞ。

 

しかしながら、いくら底辺企業とはいえ、「数字の報告」をおざなりにすることはできない。

私からすれば何の仕事をしているのかさっぱり把握できず、主に喫煙所を活動の拠点している上役たちも、グループ本社への報告時期が近づいてくると必死でパソコンに齧りついている。彼らからすれば、その“報告書の載っている数字”こそが仕事そのものだからだ。

 

報告書を作るにも具体的な数字が必要になる。

当然現場のことなんぞ1ミリも知らない上役たちは具体的な数字もまったく知らない。となると私たちのような最前線の兵士の出番である。

上司がパソコンに齧りついている横に立ち、都度聞かれる質問に答える。私からすれば非常に無為な時間である。だがこれも仕事だ。ブログのネタを考えたりしながら、なんとか時間を濃密にしてやり過ごす。あくびも噛み殺す。数十匹殺すのなんてザラである。

 

で、こういったときによく使われるパワーワードがある。

それが「舐める」だ。

このパワーワードが私の会社で上司の口から頻繁に飛び出す。もちろん変態的な意味合いで使われるわけではない。「ちょっと舐めようか」とか「舐めればなんとか」みたいな使い方をされる。うん、文句なしに変態的である。

最初聞いたときは「おっさんが一体何を舐めるのか?」と思い不可解だったし、なによりも不愉快極まりない想像が頭の中を駆け巡ったものだ。そうやって余計なことばかり考えているから、私はいつまで経っても係長から昇進しないのだろう。

 

この「舐める」だが、上司の使い方を聞いている内にどうやら「ごまかす」という意味だと分かった。

「ごまかす」だとあまりにも直截すぎて自らの罪悪感を煽るので、「舐める」という言葉に置き換えることで、自らをも誤魔化しているのだろう。

まあその気持ちは分からんでもない。人生を上手に生きるために、そういったテクニックも時には必要になる。見たくないものをわざわざ凝視してストレスを味わう必要はないのだ。

それにしても「ごまかす」を「舐める」と言い換えるとは、下品な私の職場らしい言い換えである…なんて思っていたのだが、検索でも普通に出てくるので、どうやら世間一般的に使われている表現なようだ。

 

本来は大工の世界で「調節する」といった意味で使われる表現らしい。確かに、カンナとかヤスリで「舐める」というのは、相応しい表現だと思う。

しかしながら、私の職場で使われる「舐める」は調節なんていう生易しいものではない。さきほども書いたように誤魔化しなのだ。もっと言えば偽装である。法的な書類ではないので許されるとは思うが…というか思いたいのだが、頻繁に上司たちは「舐めて」いる。書類を。

舐める、というのはあくまでも比喩だが、彼らの「舐める」を実際の行動にしたら、きっと書類はオッサンたちの唾液によって、その形を保てなくなることだろう。最悪の想像である。つい思い付いてしまったので、この文章を読んでいる方も巻き添えにしたい衝動に駆られ、こんないらんことを書き記している次第である。本当に申し訳ない。

 

それにしても、なぜこんなにも私の職場では「舐める」ことが常態化しているのだろうか。

もちろん私だってそんな立派なサラリーマンではないし、そもそも意識が低い人間なので、仕事上でごまかすことなんてしょっちゅうだ。上司もごまかすし、部下もごまかすし、なんなら自分だってごまかす。主に自分へのごまかしは「好きなことを仕事にできる人なんて限られたごく僅かなんだから、毎日の仕事がツラくても仕方ないよ」というものである。誰かライターの仕事をください。

 

話がそれた。

 

「ごまかし」がなぜ職場で横行するのか。

私の上司たちだってそこまでバカではないし、悪人でもないので誤魔化しなんて本当はしたくないはずだ。それに誤魔化しをすれば、それなりのリスクを背負うことになることだって、分かりきっているはずである。なにせただの嘘なのだから。

でも「ごまかす」。数字を「舐める」。嘘をつき続ける。

 

 

以前、私の部署内で1千万近いミスを起こしたことがあった。

とある商品の原料を使い間違えて、大量に作ってしまったのだ。

もちろん取り返しはつかない。すべて廃棄である。

そんなとき、私は職場の長として問題の原因と対策を追求しなくてはならない。なので部下に聞いた「なんで間違えたの?」と。

すると部下は答えた。「分かりません」と。

どうやら自分が責められることへの抵抗のために「何も分からない」、つまり「自分に責め所はありませんよ」とアピールしたかったようである。

しかし、私がしたいのは「誰が悪い」なんていう程度の低い話ではなく、「何が悪かったのか?」である。とにかく二度とこんな問題を起こさないために、原因を潰したい、ただそれだけなのである。

というようなことを真摯に部下に語った。でもその部下は遂に最後まで何も語ってくれなかった。「何も知りません」「何も分かりません」と、ただそれだけを繰り返した。

そのうち、その子は辞めた。仕事には何の情熱も持たない私だが、それでも非常に心残りな経験だった。

 

このときの経験で私が学んだ事がある。

「嘘をつきたい人は少ない。でも自分を守るために嘘をつく人は多い」

ということだ。

 

数字が合わないと上司に責められる。そして余計な時間を取られる。

だから、ちょっと嘘をつく。それだけで余計なストレスから解放されるのであれば、それくらいは飲み込むわけだ。大人だし。

 

きっと数字が合わないことは会社として、企業として問題なのだろう。一介の底辺サラリーマンに過ぎない私は到底経営者の気持ちなんて分からないのだが、きっとそうなのだろう。

 

でも、数字を合わせるために、しかもごくごく些細な数字を合わせるために、従業員が日常的に嘘をつくようになっていることはどれだけの損害になるだろうか。

もちろんこれも私には分からない。

でも良い方向に行っているとはとても思えない。

それは子供でも分かるレベルの話だろう。

 

 

ちょっと語りすぎたな。

 

以上。