もうすでに何度も紹介している作品だが、懲りずにまたまた紹介しよう。
どうも。読書ブロガーのひろたつです。延命治療と聞くと筒井康隆の『生きている脳』のイメージしかありません。
今回は天才作家乙一の短編集の中でも“ベストアルバム”的存在の作品を紹介しよう。
最強短篇集
目覚めると、私は闇の中にいた。交通事故により全身不随のうえ音も視覚も、五感の全てを奪われていたのだ。残ったのは右腕の皮膚感覚のみ。ピアニストの妻はその腕を鍵盤に見立て、日日の想いを演奏で伝えることを思いつく。それは、永劫の囚人となった私の唯一の救いとなるが…。
乙一といえば短編の名手として有名である。
彼の切れ味抜群の短編は、一度味わったらくせになること間違いなし。次々と乙一作品を読み漁ることになるだろう。でもあまり数を出していないので、すぐに食べ尽くしてしまう…。
そんな中毒性たっぷりの乙一作品だが、上梓している作品の中には収録作が被っているものもあり、消費者としてはこんなに困ったものである。どれを買えばいいのか?という話になる。
で、私がオススメするのが『失はれる物語』である。
乙一は、グロテスクな作品に特化した“黒乙一”と、愛情や切なさなどに特化した“白乙一”という両極端な作風で知られている。
『失はれる物語』は白乙一の傑作選と呼べる作品である。この『失はれる物語』に収録されている短編たちは、元々3冊の短編集で発表されているものである。
その3冊の中から選りすぐりの短編を収録し、さらには書き下ろしを加えている。
まるでベストアルバムではないか。しかもボーナストラック付きの。
もしあなたがまだ乙一という作家を味わったことがないのであれば、幸せ者である。
これから極上の読書体験が待っているのだから。私としては羨ましい限りである。
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アホみたいな感想を書く
冒頭から余計なことを語りすぎたかもしれない。
内容についてもっと掘り下げていこう。
あ、ちなみにこのブログでは一切のネタバレをしないことにしているので、ご安心いただきたい。あなたの愉しみを奪うようなことはしない。
『失はれる物語』に収録されている短編はどれもタイトルの通り、「喪失」をテーマにした作品ばかりである。
主人公たちは誰もが悲しみや戸惑いを抱えており、その心情と心の揺らぎを、乙一の平坦ながらも美しい文章が綴っていく。
これが…もう…最高である。
それ以外にこの作品集を評する言葉はないだろう。っていうかそれ以外の言葉はいらない。
作品集なので、確かに収録作の中での優劣はあるだろうが、基本的に最高。最高しかない。そんな感じ。
なんていう、アホみたいな感想で申し訳ない。でもアホになるぐらい最高な作品だと思ってもらえれば幸いだ。
切なさの名手
乙一という作家の最高の味は「切なさ」にある。
日本人の多くは、桜に代表されるように儚いものや失われるもの、つまり「切なさ」が大好きである。
そんなみんなが大好きな「切なさ」を凝縮したようなものが『失はれる物語』はある。
読んでいてとにかく幸せである。当然、登場人物たちは悲しみを抱えていたりするのだから、もちろん読者であるこちらも感情移入してしまい、一緒に悲しんだりする。
でも、なぜかそこには美しさや人間の尊厳みたいなものが感じられ、心を優しく満たしてくれるのだ。
この辺りの表現は乙一自身も狙ってやっているというよりは、「思いついてしまう」的な要素が強く、あとがきなどでも「どうやって書いたらいいか分からない」というようなことを本人が語っていたぐらいである。
そういう意味で、乙一は天才型の作家である。そして天才型の例に漏れず、その鮮烈な才能はこの時期にしか見られないのは悲しい事実である。
最近の彼の作品は、もっと頭脳や技といったもので書いている印象が強い。
もちろんそれでも乙一の素晴らしさは変わらないが、やはり初期作品の切れ味は出色である。
犬の散歩をするヤンキー
話は変わるが、犬の散歩をするヤンキーを見たことがあるだろうか。もし見たことがなかったとしても、想像できるだろう。
なんかギャップ萌えみたいなものを感じないだろうか。ヤンキーという刺激と、犬の散歩というほんわかが混ざると、萌えに似た感情が湧くのだ。
それと同じような要素が『失はれる物語』にはある。
乙一の文章はさきほども書いた通り、非常に平坦で流れるように読者の頭の中に入ってくる。それは心地よくなるほどで、乙一作品の魅力を担う重要な要素である。
それと同時に、乙一作品は読者の意表を突くことでも有名だ。
流れるような文章と、意表を突く展開。
このギャップが読者に独特の感覚をもたらし、乙一中毒患者に仕立て上げてしまうのだ。
自分で書いててよく分からなくなってしまったので、ヤンキーの例えは忘れて欲しい。なんか全然違う。「いい例えを思いついた!」なんて考えていたさっきの自分をぶん殴ってやりたい。
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タイトルは「喪失」。しかし読者の胸に去来するものは…
「喪失」をテーマにした作品たちだ。失われる、ということが物語の中心に据えられている。
登場人物たちは「失う」ことと引き換えに何かを得る。その姿があまりにも美しい。それこそが人間の素晴らしさだと確信できる。
それは読者も同様で、『失はれる物語』を読んで失うものもあれば、同時に得るものもある。
それは読後に訪れる、確かな幸福感であり、満足感であり、そして切なさなのだ。
この感情を生み出すのは紛れもなく、「喪失」による悲しみだ。
悲しみは負の感情として認識されている。
だが、これは不謹慎かもしれないが、人の悲しみというのは、同時に“美しさ”を孕んでいる。
悲しみは美しいのだ。残酷だがこれは事実である。
この“美しさ”によって、私はたちは『失はれる物語』という作品に魅了されてしまうのだ。
(泣いてる女の人って、綺麗だよね)
ということで、乙一の才能が爆裂していた頃の作品集である。ぜひ酔いしれていただきたい。
以上。