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最愛の人を憎むようになった後輩の話

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どうも、中間管理職ブロガーのひろたつです。

 

私は職場で100人を超える部下を抱える中間管理職をしている。否、させられている。責任って最高だよね!

さて、それだけたくさんの部下を抱えていると、日々色んな相談をされるのだけれど、話題は仕事に限らず私生活に及ぶこともある。今回はそんな話。

 

容姿に恵まれたキツイ性格のあの子

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私の元で働くようになって5年ほど経つ、中堅の女性社員がいる。仮に名前をマナさんとしよう。ちなみに「マナ」とはウガンダで女性器を意味する単語である。別に他意はない。たまたまである。

マナさんはとても容姿に恵まれた女性である。帰り道にプレゼントを持った男性が待っていてたり、ストーカーに付きまとわれた経験がある、と言えば大体想像できるかもしれない。

また、マナさんはとてもキツイ性格をしている。恵まれた容姿だけど、キツさが隠しきれていないタイプの子である。それゆえに、なかなか男性との浮いた話がなかった。男性嫌いなのかと勘ぐった時期もあったが、一緒に仕事をしていくうちに分かった。ただ単に、彼女の性格に難があるために、誰も深入りしないだけだった。

仕事で上手く行かないと、すぐに不機嫌になるマナさんを、上司である私は非常に持て余していた。どうやってコントロールしたらいいのか悩みの種だった。

 

結婚して丸くなる

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そんなマナさんに転機が訪れる。彼氏が出来たのである。相手は私の先輩。マナさんの10才上である。

わがままで自分のメンタルコントロールが不得手な彼女にとって、年上で包容力のあるパートナーはとてもお似合いだと思った。

実際、二人の交際が始まると共に、マナさんのメンタルはとても安定し、なんなら穏やかに感じるほどだった。ニコニコしながら近況報告をされたりとか、それまで地雷を扱うように接していた私としては、猛獣にすり寄られるような気持ち悪さがあった。

私がどう思おうとも、マナさんはとても幸せそうで、1年ほどの交際期間を経て結婚した。結婚式でのマナさんは、まさに人生の主人公といった感じだった。

 

すぐにマナさんは妊娠し、旦那さまとの結婚生活も満喫しているようだった。

仕事の合間に旦那の愚痴なんだかノロケなんだか分からない話をたびたびされた。話している彼女は、以前の彼女から発散されていた刺々しさが完全に抜け落ちていて、「人って環境で変わるもんなんだなぁ」と感慨深い気持ちだった。なによりも、不安定な部下がひとり減ったことで、私自身幸福感でいっぱいだった。幸せのハードルが低いのが自慢なのである。

 

幸せは長く続かない…場合もある

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さて、そんなマナさんの様子がおかしくなってきたのは、子供を無事出産し、仕事に復帰してからである。明らかに余裕がなくなっていた。

うちも子持ちの共働きなのでその大変さはよく分かる。しかもマナさんの場合、何が楽しいのか知らんが、わざわざ会社から1時間30分ぐらいのところに居を構えている。ちなみに我が家は会社から自転車で2分だ。それでもちょっと遠いと思っているぐらい怠惰な人間なので、マナさんが毎日死にそうになりながら通退勤している姿を見ると、「自分を追い込んで興奮するタイプなのかな?」と思ってしまう。世の中には色んな人がいるし、理解できなからといって安易に否定するほど、私は狭量な人間ではない。愚かだなぁ、とはこっそり思うけれど。

 

で、次第にマナさんの口から出てくるのは、「旦那」の「ノロケ話」ではなく、「あいつ」の「悪口」になっていった。

最初は笑い話風にしゃべるのだが、次第にトーンが沈んでいき、気がつけば呪詛全開である。

 

曰く、

「あいつは何もしない」

「こっちが早起きして家事をしてても、ずっと寝てる」

「私が大変なのは見ればすぐに分かるのに」

「あんなやつだと思わなかった」

「もう諦めました」

 

こうなるとこちらも笑って話を聞くのに限界が来る。普通に苦痛だ。金銭を介さないと、とてもじゃないが聞いていられない。

なので、上司と先輩という体裁を保てる程度に、話を数十秒聞く程度にするようにした。マナさんが近づいてきたら、仕事に追われているふうを装うようにした。

騙されてくれたのか、それとも騙されたふりをしてくれたのか分からないが、そのうちにマナさんは、長く語ることを止め、ボソッと私に呟いては離れるようになった。

 

その内容というのが、

 

「洗濯物を畳むのがアホらしくなったんで、ぐちゃぐちゃにして突っ込んでやりましたよ。洗ってあげてるだけ感謝してほしいですよね」

「もう腹が立ったんで、あいつの服、洗濯したふりしてそのまましまってやりました」

「この前、思い切って濡れたままの服をタンスに入れたら、すっごい臭くなってて、ざまーみろって思いました」

 

というようなものである。

こういう内容を私に呟いたあと、唖然とする私を見て、マナさんは満足そうな顔をしながら去っていくのである。まるでホラー映画のワンシーンみたいだが、本人は普通にやっているのだから、たちの悪いホラーである。

とりあえず洗濯物で復讐することがマナさんの中で流行っているらしい。さらに、旦那を憎むことで、なんとか自分を保っているようだ。

そして、そんなマナさんは以前の美しかった頃が信じられないほど、醜かった。容姿の問題ではなく、人間性の話である。

結婚式で満面の笑みを浮かべていた頃の彼女と比べると、現実の残酷さと、人生の難しさに思いを馳せてしまう、という私は完全に他人事である。

 

自分の醜さは見えない

以前、ネットで似たような事例を画像で見たことがある。

たぶんテレビの街頭インタビュー的なやつなのだが、醜いおばさんが「この前、旦那の歯ブラシを掃除に使って、戻してやったのよ」と嬉しそうに醜い笑みで答えていた。

私はグロ画像とかでも耐性があるタイプなんだけど、このおばさんの笑みには、思わず怖気立ってしまった。どストレートに人間の醜い部分を見せつけられたような気分だった。

 

 

人は変わる。もちろん周囲の環境からの圧力などによって、変わらざるを得ないこともあるだろう。

でも、最愛だと選んだ相手が、憎くて仕方なくなってしまうような変化というのは、あまりにも悲しすぎないだろうか。それこそ、なんのために一緒に暮らしているのだろうか。

それに、復讐することが楽しみな人生って、客観的に見たときに自分を嫌いにならないのだろうか。そんな自分への嫌悪感とか、罪悪感とか。悪役になってる自分でも平気なんだろうか。

 

…というふうに考えられるのも、結局は私が幸せだからなのだろう。

 

もちろん我が家にだって色々問題はある。例えば私と奥さんでは宗教が違う。無神論者の私を、奥さんなんとか入信させようとしてきて、そのたびに諍いが起こる。なかなか難しい問題である。

でもそれでも今の生活にはそれなりに満足しているし、家に帰れば幸福感に包まれるし、家族を愛してると胸を張って言える。わざわざ他人に言う機会も、言うつもりもないけど。

 

少なくとも私は、自分が(人間性的に)醜くなることは耐えられない。

せっかくなら、みっともなくてもいいから、かっこよくありたい。

誰かを憎んで日々を過ごすよりも、自分と同じくらい他人を許して生きていたい。嫌なことよりも、好きなことを考えていたい。

 

みんな分かりきっていることだが、人間いつ死ぬのか分からないのだ。

死ぬその瞬間に「まあいいか」と思える程度には、日々を穏やかに暮らした方がいいし、穏やかであるように努めることは、悪くない準備だと思うのである。

 

以上。