俺だってヒーローになりてえよ

何が足りないかって、あれだよあれ。何が足りないか分かる能力。

想像の5倍面白かった。瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』

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そして、期待は裏切られる

 

どうも、読書中毒ブロガーのひろたつです。

読書ブロガーとしては外せないイベント。それは当然本屋大賞である。

先日、2019年本屋大賞のノミネート作品が発表された。これは読まずにはいられない。

きっと多くの方が本屋大賞のノミネート作品に手を伸ばされるだろうから、私がまずは先陣をきって確認しなければならないだろう。そういう役目が自分にはあると思いこんでいる。ほぼ病気である。

 

で、早速読んだ。瀬尾まいこの『そして、バトンは渡された』を。

 

瀬尾まいこ氏の作品は以前、『あと少し、もう少し』を読んだことがあって、しかもめっちゃハマったので、今回も期待したいところだった。

だがこれを見て、期待は一気にしぼんでしまった

 

 

 

 

なにこの地味な装丁…。

 

それとこのあらすじ。

 

森宮優子、十七歳。継父継母が変われば名字も変わる。だけどいつでも両親を愛し、愛されていた。この著者にしか描けない優しい物語。 「私には父親が三人、母親が二人いる。 家族の形態は、十七年間で七回も変わった。 でも、全然不幸ではないのだ。」 身近な人が愛おしくなる、著者会心の感動作

 

 

作者の瀬尾まいこは信用しているつもりだが、「血の繋がらない親の間をリレーされ、四回も名字が変わった少女」というちょっとトリッキーな設定には「大丈夫か?」と懐疑的にならざるを得ない。

 

 

そして、予想は外れる

 

ただ食わず嫌いはよくない。

こと小説に関しては特にそう。あらすじで伝わるものなんて、作品の中の1%にも満たない。なんなら、あらすじに大嘘が書いてある場合もあるんだけど、その場合は何%になるんだぜ?

 

ということで、実食。読書ブロガーとしての務めを果たそう。

 

…。

 

 

……。

 

 

なにこれ。

 

 

めっちゃ面白いじゃないですかっ!

 

 

私のくだらない先入観を軽々と吹き飛ばしてくれる、超ステキな作品でした。おっさん、感動したよ。こんなん泣くわ。おっさんキラーだよ。すげえ地味な装丁だけど、買って良かった。手元にこの作品があることが嬉しい。…って褒めすぎか?

 

でも本当に凄いと思う。

こんなトリッキーな設定にもかかわらず、感動を鮮やかに作り出してしまうんだから。瀬尾まいこは偉い、超偉い。

 

この作品を読んだのは2019年の2月なんだけど、もうすでにその時点で「こりゃ年間ベストになりそうだな」と思ってしまうほど。かなりの手応えである。

 

 

喜怒哀楽よりも大事なもの

 

『あと少し、もう少し』のときもそうだったのだが、作者の瀬尾まいこは人間の機微を描くのが本当に巧みだ。

 

たぶん、私のような小説の素人でも喜怒哀楽を描くことはできると思う。

でも人間の感情というのは喜怒哀楽だけではなくて、もっと言ったら、喜怒哀楽には分類できないような微妙な感情の揺らぎや、言い表せられないものがほとんどだと思う。そんなもの並大抵の人間には書けない。

 

でもそんな「言葉にできない思い」を言葉にする。描写する。ドラマとして生み出してしまう。

それが作家瀬尾まいこの巧さなのだ。

 

あまりネタバレをしない主義なのだが、ちょっとだけ中身に触れよう。きっとこれぐらいじゃ、この作品の素晴らしさは損なわれないはずだ。

 

作中で主人公の優子が、同居人にして3人めの父親と暮らしているときに、ふとしたことから気まずくなってしまう。立場上は親子だが、2人の血はつながっていない。

一番近い他人。関係が成立しなければならない2人。そんな微妙な距離感ゆえに生まれる無理感と空虚感。この気持ち悪さはなかなか生み出せないと思う。というかよく思いついたな、と思うし、そもそもこんな繊細な諍いを思いついたとしても、描けると思えたのが凄い。

そもそもドラマとして扱うにしても、言い方はひどいけど地味だ。でもそんな急所を突くようなドラマを取り出して、言語化してみるからこそ、他の作品では味わえないような「これ分かるわー」と身悶えしてしまうような読書体験ができるのである。

 

そんな、小説にとって喜怒哀楽よりも大事な感情が、瀬尾まいこの作品にはある。

 

 

複雑な感情を描くメリット

 

これがいつものありきたりな親子のぶつかり合い程度であれば、「ああ、よくあるやつね」と思っておしまいだ。物語の中の定例イベントぐらいにしか思わない。

どれだけこじれたとしても、見たことあるぶつかり合いであれば「どうせあとで解決するんでしょ。これまで見てきたパターンのどれかで」としか読者は考えない。

それがどうだろう。『そして、バトンは渡された』のような今まで見たことない設定で、しかも超絶妙な諍いを描かれたらとしたら。しかもそれが、読者自身もどこかで経験したことがあるような問題だとしたら。

「これは一体どうやって解決するんだろう?」

そう思うのが人情である。となれば作品に食らいつくしかない。先が気になって仕方ない。

 

分かりやすい感情が物語を加速させたり、エンタメとして機能することはよくある。

だが、それとは別の面白さがこの作品にはある。

 

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思い出の一冊になってほしい

 

もしかしたら事前の私の期待値が低かっただけに、余計に面白く感じてしまったかもしれない。どれだけ言葉を尽くそうとも、人の感性なんて当てになるもんじゃない。

 

それでも言いたい。

私はこの作品が大好きだ。本当に気に入った。これだけ訳の分からない設定で、これだけのドラマを生み出せたことを、称賛したい。

 

『そして、バトンは渡された』で描かれるのは、一人の少女が大人になるまでの物語である。

そこにはたくさんのドラマが折り重なっている。

ありきたりな物言いで申し訳ないが、やはり人は一人では生きていけないものだ。誰かが生きるということは、誰かの人生に影響を与えるということなのだ。

そんな数々のドラマを噛み締めながら、この作品に込められた優しさを感じ取ってもらいたい。

そうすればきっと、『そして、バトンは渡された』はあなたにとって、特別な思い出の一冊になることだろう。

 

作者の瀬尾まいこから渡されたこの作品が、私の書いたこの記事によって、また誰かのもとに渡ることを願っている。

 

以上。

 

 

 

 

ということで、こちらもトリッキーな作品。描かれるドラマはど青春なんだけど、描き方がめっちゃ憎らしい。名作です。

 

 

 

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