どうも。読書中毒のひろたつです。
このブログ『俺だってヒーローになりてえよ』では、相当数の面白い小説やマンガなどを紹介している。
そのためか、よく検索エンジンで「面白い本 探す方法」というようなキーワードでこのブログに辿り着く人がかなり多い。
これだけ小説だけに限らず誰しもが簡単にコンテンツを生み出せる時代である。溢れかえった作品群を前にして呆然とする気持ちはとてもよく分かる。本当に面白い作品を見つけるのは至難の業だ。
だが実は、小説マイスターである私は面白い小説を見つけるための、とてもシンプルな方法を知っている。いい機会なので皆さんにもお伝えしておこう。
面白い小説を見つける方法
そんな勿体ぶるつもりもないので、早速教える。
それは、
「出会った小説をすべて楽しむ」
である。
どんな小説と出会おうが、それを読むあなた自身がその作品を楽しみさえすれば、それは面白い小説になり得るのだ。
逆に言えば、面白くない小説というのは、あなたが自身が勝手に面白くなくしているのであって、実は面白さをあなたが理解していないだけなのだ。
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小説は読者に依存している
マンガや映画などと違い、小説はひじょーに受け手に依存する部分が大きい。
普段から小説を読む人は分かってくれると思うが、小説の読み始めというのは相当手探り状態になり、負担を伴う。
その作品がどんなテンションなのか、どんなスタンスで読者と対峙するのか、というかそもそも一体どんな状況なのかさえ分からない状態で物語が進んでいく小説もあるぐらいだ。
さて、そんなときに我々がどうしているかを思い出してほしい。
「これは一体どういう状況なんだ?」
「この作品はどういう方向から攻めてくるんだ?」
「どんな物語を展開するんだろう?」
読み始めた瞬間、私たちはその作品がどんなものなのかを理解しようと努め、興味を持っている。その作品のすべてを把握し、受け入れようとしている。
このスタンスが大事である。
そしてこのように読者が思ってくれるからこそ、小説という媒体が成り立っているのだ。
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つまらなくしているのは、自分
よっぽどの作品でもない限り、その作品を面白いと思う人は必ずいる。同様に面白くないと思う人もいる。
どちらも真である。その人にとっては、という意味だが。
数々の面白い作品を紹介しまくっている私だが、こんな記事も書いている。
今までに読んだ本の中でも特にクソだと思った作品を容赦なくこき下ろした記事なのだが、この中でも何度か「読むタイミングが悪かった」や「ハードルを上げすぎた」というような記述がある。
つまり、読む側である私自身の作品に対する姿勢がそもそも間違っていた、ということである。
よくつまらないと思った作品に対して言われる「現実感がない」というのも、読者側の責任が大きい。
フィクション作品に対して「現実感がない」もクソもないだろう。読み手が勝手にリアルな作品を求めていただけであり、作品はただただそこに存在しているだけである。読み手の希望なんぞ知ったことではないのだ。
私はこういった状況のことを、「作品との距離感を間違える」と呼んでいる。
どんな作品にも読むのに適した距離感があり、それを間違えると途端に駄作へと成り下がってしまうのだ。難しいものである。
以上。健闘を祈る。
ちなみにもっと具体的な方法はこちらの記事で紹介しているので、良かったらどうぞ。