俺だってヒーローになりてえよ

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ツッコミと批判の違いは価値を生み出すかどうか。簡単に出来ると思うなよ!

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嘘つけ!

(これは批判…かな?)

 

たまにやる”お笑い論”です。

みんなツッコミを勘違いしている

「つまんね~」
「なにそれ?」
「なんで?」
「うるせえよ」
「おかしいでしょ」

会話でよく使われるおなじみのツッコミフレーズですが、これ全部ツッコミなんかではありません

なぜか?

簡単な話です。面白くないから。以上。

こんなのは小学生でも言える、ただの感想のようなもので観客となんら変わりありません。

それはただの批判です

みんな勘違いしていて、これらの「ツッコミもどき」をするだけで自分も「笑いを作っている」と感じているんです。アホか。全然笑いに絡めてなんかいないから。

これらは感想、または批判であって何の創造性もありません。批判と創造はまったくの別物でしょ?

こういった勘違いの元になっているのが、芸人の露出による所が大きいです。
本来であれば芸人の”芸”というものは見世物として行なわれていたのですが(劇場とかね)、今ではテレビをつけたらすぐに”芸”を目の当たりにします。まったく異世界のことではなくなってしまったんですね。

テレビの中で芸人たちが会話の中に芸を織り交ぜてくる。それを見たアホな素人がそのままトレースする。すると芸としてのツッコミはすぐさまただの批判に成り下がります

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ツッコミは技術

みなさんの中で人前に立ってネタをやったことのある方は少ないでしょう。私は二度ほど経験がありますが、それはもう散々たる結果でした。まさに針のムシロ。思い出すだけで震え上がるほどスベりました。

その時の私は簡単そうだからという理由でツッコミに回ったのですが、勘違いも甚だしく見事に私の「ツッコミもどき」で大いにスベりました。

ネタ中の私は思いました。

「あれ?普段みんなとの会話ではあんなに笑いを取れるのに、何なんだこの空振り感は?自分で自分がつまらないことがすげえ分かる」

ただ単に「うるせえな」というだけでもスベる感覚がありました。言っていることはテレビに出る芸人と変わりません。しかし明らかに違うものを感じました。

この恐ろしい経験で分かったことは「ツッコミは技術であり、素人が簡単にできるものではない」ということでした。

専門家ではないので推測でしかないのですが、間とか抑揚とか色々な技術がないとツッコミは成立しないのでしょう。

ボケはアイデアの実践である

またボケはボケで才能が必要です。

ボケというのは「アイデアを生み出し、それを実践すること」です。アイデアを出すことは誰にでもできますが、人から「面白い!」というアイデアを出すのは誰にでもできることではありません。選ばれたものの世界です。

例えるなら「起業」することがボケで、「支援」したり「いっしょに働く」ことがツッコミという感じです。

この例え、上手くハマってるでしょうか?


価値を生み出せ!

価値のないツッコミはただの批判で誰にでもできる上に、貴重な才能である「ボケ」を潰す結果にもなります。くそほどの役にも立ちません。

ですからみなさんには普段の生活の中で、批判ではなくツッコミをもっと習得してもらいたいのです。これは笑いの話だけではありません。

ネット見ると何の価値もない批判に溢れています。そんなのがはびこるのが健全な世の中とは思えませんし、そんなくだらないものに占拠されたくありません。
何か意見を発したいのであれば批判という価値を壊す行為ではなく、ツッコミという価値を生み出したり、価値を増やすような意見を出すべきです。というかもう、それしかやっちゃダメ。

上にも書いたようにツッコミには技術が必要で難しいものです。ですが簡単なものに逃げてつまらないことをするよりもはるかにワクワクします。
私も未だにスベり続けているような気がしますが、「ツッコミは技術」「手に入れた技術は簡単になくならない」という言葉を信じて、研鑽を重ねていきますよ。

 




ちなみにこれは完全にボケです。