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あなたの“刷り込みキャラ”は誰?伊坂幸太郎『残り全部バケーション』

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どうも、読書中毒ブロガーのひろたつです。

伊坂幸太郎の凄さに改めて気付いてしまった本を紹介する。

 

内容紹介

 

 

当たり屋、強請りはお手のもの。あくどい仕事で生計を立てる岡田と溝口。ある日、岡田が先輩の溝口に足を洗いたいと打ち明けたところ、条件として“適当な携帯番号の相手と友達になること”を提示される。デタラメな番号で繋がった相手は離婚寸前の男。かくして岡田は解散間際の一家と共にドライブをすることに―。その出会いは偶然か、必然か。裏切りと友情で結ばれる裏稼業コンビの物語。 

 

ミステリー作家の伊坂幸太郎だが、実はあんまりミステリーしていない方が傑作を書けるともっぱらの噂である。砂漠』とか『バイバイ、ブラックバード』とか具体例を挙げたら枚挙にいとまがないほどだ、というのはさすがに言い過ぎで、たぶんこの2作ぐらいじゃないだろうか。『チルドレン』もそうか。

 

で、今回紹介する『残り全部バケーション』もミステリーではない。

でも大当たりの作品である。

 

『残り全部バケーション』の見どころ

 

変わったタイトルの『残り全部バケーション』。作品のテンションとかストーリーとか、全然想像できないと思う。まあそれでいいと思う。事前知識が無いほうが小説は楽しめるものだ。間違いない。

で、『残り全部バケーション』の見どころだが、以下のようにまとめてみた。

 

伊坂作品に見られる“刷り込み効果”

珍しく正義と悪の境界線があいまい

小憎らしいラストシリーズ。最高 

 

では詳しく説明していこう。

 

伊坂幸太郎作品の魅力を支える3つの柱

 

伊坂幸太郎作品の魅力と言えば…

 

「張り巡らされた伏線」

「洒脱なユーモア」

 

というのが有名な所だと思うし、ファンの多くは伊坂幸太郎にそれを求めていることだろう。

それに加えてもうひとつ伊坂作品を支える大きいな要素がある。

それが、「魅力的なキャラ」である。

 

確か私が最初に読んだ伊坂の作品は、『陽気なギャング』だった。初伊坂の衝撃を受けたのだが、もっと言えば私は響野というキャラクターに完全にヤラれていた

響野が好きすぎて、ストーリーよりも彼がいつ喋るか、どんなことを喋るかばかりに気を取られていた。今思えば、非常に若い読み手だった。そして幸せ者だったと思う。

 

刷り込みキャラを生み出す伊坂幸太郎

 

響野の衝撃があまりにも大きすぎて、それ以降の伊坂作品を読んでも、「たしかにこのキャラは面白いけど、響野には勝てないな」みたいなことを毎回思っていた。

…のだが、今回『残り全部バケーション』を読んでいて気がついたことがあった。

たぶんこの「響野と比べちゃう」現象は、みんなそれぞれが読んだ初伊坂作品によって違っているんじゃないだろうか?

『残り全部バケーション』でキラーキャラクター(読者を虜にするキャラ)といえば、確実に岡田である。主人公じゃないけど、彼を中心に物語が展開していく。『残り全部バケーション』の根幹をなす人物である。きっと、初伊坂作品が『残り全部バケーション』であれば、確実に岡田の魅力にヤラれることだろう。他の作品で魅力的なキャラと出会うたびに「まあ、岡田には勝てないけどな」などと呟くんじゃないだろうか。

そう、まるで卵からかえった雛が、最初に見たものを親と認識する“刷り込み”のように。

 

勧善懲悪なんてフィクション

 

大人の皆さんは十分に御存知だろうが、この世界において勧善懲悪はフィクションでしか存在しない。

むしろ勧善懲悪が存在しないからこそ、こんなにも物語だったり、名言だったりを使って人類を啓蒙しているのだろう。実現しているのであれば、わざわざ言う必要はない。

で、ときに伊坂幸太郎は「勧善懲悪の物語すぎる」と批判されることがある。予定調和すぎるんじゃないかと。

この批判をまともに受け止めた真面目な伊坂幸太郎は、一時期作品作りに迷ったとインタビューで答えている。そのせいで、確かにその辺りの作品は、あまりパッとしないものが多い。

だがすぐに「現実には勧善懲悪は存在しないのだから、物語の中でぐらい、勧善懲悪を成り立たせたい」と考えたそうだ。作家としての方向性が定まるのは良いことだと思う。

なので基本的に伊坂幸太郎の作品は、善悪のキャラがかなり明確に書き分けられている。

 

善悪が曖昧な『残り全部バケーション』

 

しかし今回の『残り全部バケーション』ではちょっと違う。善悪の境界が曖昧に設定されている。

これによってどんな効果が生まれるか。

 

ガンダム然り、バットマン然り、近代物語の基本はやはり善悪の境界を曖昧にすることである。それによって、物語に深みが生まれる。

これを書くとちょっと興ざめしてしまう人がいるかもしれないが、物語の深みの正体に触れよう。見たくない人は次の項まで飛ばしてほしい。

 

~嫌な話ここから~

 

物語を見て、人が「深い」と感じるものの正体とは簡単にまとめると、「対立」である。

例えば、教育が行き過ぎる親がいたとしよう。その子供が主人公である。

当然物語は子供からの目線で「過剰に教育を押し付けてくる親が敵」として描かれる。それが問題や葛藤を生み、ドラマとして成り立つからだ。

でも、物語が進むに連れて、実は主人公の親は、貧しかったり出生の問題があって、まともに教育を受けられなかった。それによって人生において非常に苦労した。だから、愛する自分の子供には同じ思いをさせたくなかった。

という事実が判明すると、今までただの敵でしかなかった親に対して共感や理解が生まれる。そうなると「敵」というハリボテではなく、「人間」または「敵の物語」として立体感が出てくる。

しかし、その物語は主人公の「自由を獲得する」という物語とはぶつかり合ってしまう。

この対立こそが、観客に「深い」と思わせる要素なのである。もっと嫌な表現をするならば、テクニックなのである。

 

ということで、『残り全部バケーション』で善悪の境界線を曖昧にすると生まれる効果というのは、「物語に深みが生まれる」である。

 

~嫌な話ここまで~

 

小憎らしいラストシリーズ

 

思いっきりの大団円も好きだし、どうしようもないぐらいに後味の悪いラストも嫌いじゃない。

なんと言うべきか分からないが、私はやはり生粋の物語中毒者なので、「物語が終わる」というだけで、なにか湧き上がるものがある。物語が進んでいくのも好きだし、物語が終わる瞬間も好きなのだ。

 

で、『残り全部バケーション』のラストである。ネタバレはしない主義なので、具体的なことは書かない。

でもある程度は触れないといけない。

なぜなら『残り全部バケーション』のラストは最高だからだ。

 

どう最高かと言えば、「小憎らしい」である。

グッドエンドでもバッドエンドでもなく。うーん、ネタバレくさいなぁ…。

 

ということで、ネタバレが怖いのでこれ以上言葉を重ねることは控えることとする。

 

ぜひとも読んでいただきたい一冊である。

「こういうラストっていいよね!」とテンション上がってほしい。たぶんそういう人は少数派だと思うけど。

 

以上。

 

 

 

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