俺だってヒーローになりてえよ

何が足りないかって、あれだよあれ。何が足りないか分かる能力。

好き、という呪い。『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』

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どうも、読書中毒ブロガーのひろたつです。

脳みそがぐちゃぐちゃになりそうな怪作を見つけたので、ご紹介。あ、でもこれは正真正銘の青春ノンフィクションです。

 

『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』の内容紹介

 

 

やはり彼らは、只者ではなかった。

入試倍率は東大のなんと約3倍。しかし卒業後は行方不明者多発との噂も流れる東京藝術大学。楽器のせいで体が歪んで一人前という器楽科のある音楽学部、四十時間ぶっ続けで絵を描いて幸せという日本画科のある美術学部。各学部学科生たちへのインタビューから見えてくるのはカオスか、桃源郷か?

天才たちの日常に迫る、前人未到、抱腹絶倒の藝大探訪記。 

 

作者の二宮敦人は、奥さんが藝大に在籍中。日々目にする妻の奇行に戸惑いながらも、彼女を魅了する芸術とはなにか、そして日本の芸術の最高峰である藝大とは一体どんなところなのか。

そんな疑問を解決すべく、奥さんと共に藝大の内部に突入。学生たちへの丁寧なインタビューを重ねていく中で、現代最後の秘境の姿が炙り出されていく…。

 

『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』で面白かったエピソード一部

 

この本を簡単に説明すると、変人列伝である。

変人ばかりが出てくるので、紹介されるエピソードがことごとく我々一般人とは、感覚がかけ離れていて面白い。

ということで、まずはこの作品の面白さを分かりやすく味わってもらうために、私が気に入った本書に紹介されているエピソードを、一部抜粋しておこう。

 

・音楽科のとある生徒は、楽器演奏に支障が出ないようにするため、指を非常に大事にしている。なので幼少の頃から一度も洗い物をしたことがない

 

・音楽科は非常にお金のかかる学部。仕送りが月100万とかそんな世界

 

・作者の奥さんが芸術の洗礼を受けたキッカケ。家族とルーブル美術館に旅行に行った際、階段の踊り場に展示してあったサモトラケのニケに釘付けに。そのまま4時間以上眺め続けたそうだ

 

・年一回行なわれる学芸祭、通称“藝祭”のオープニングで、学長の挨拶があるのだが、奇声を一声あげただけで終わり

 

・とある生徒が藝大の入試で「自画像を描きなさい」というテーマに対し、突然鉛筆を削り出し、机の上に鉛筆の粉を溜めだした。それを自らの顔に塗りたくると、勢いよく紙を叩きつけた。もちろん結果は合格

 

 

どうだろうか。まだまだこんな感じのエピソードが、わんさか出てくる。完全にパラレルワールドの価値観である。素面で不思議の国に迷い込んでいる連中だ。

近くにいたらキツイかもしれないが、文字を通して見学する程度の楽しみ方であれば、こんなに興味深いものはない。人間観察の面白さは、常に害が及ばないことが大前提である。

 

芸術は好きですか?

 

インタビューなので藝大の学生に対し、作者の二宮敦人が「芸術が好きですか?」という趣旨の質問を投げかけるシーンがある。ありきたりではあるが、やはり聞いておきたいところではある。

その質問に対して、学生たちの回答はかなり興味深い。せっかくなのでどういう答えが帰ってきたのかは実際に読んで確かめてもらいたいのだが、私としては人間の面白さみたいなものを見せつけられた思いがした。

芸術と言っても、その範囲は様々だし、定義づけるのはなかなか難しい。そんな曖昧なものを「好きか?」と問われても、明確に答えるのは土台無理な話だろう。芸術ってのは概念みたいなもんだ。「オムライスって好き?」と同じ分かりやすさの答えはありえないだろう。でもだからこそ、答える人の人間性だったり、考えが垣間見えるんじゃないだろうか。

で、私なりの見解を書くと、彼らは呪われているのだ。自分たちに備わった“好き”という作用に。

 

好き、という呪い

 

誰にだって好きなもののひとつやふたつはあるだろう。でも周囲から頭がおかしいと思われるぐらい好きになれるものだったり、周囲が目に入らなくなるぐらい好きになれるもの、もっと言ったら「好きで居続けられるもの」というのはそうそうないだろう。

これにはいくつか理由がある。

ちょっと抽象的な話になるのだが、人の心というのはそれぞれが歪んだ器の形をしているイメージなのだ。その歪みにちょうどはまるものを見つけると、人は「好き」と感じる。で、大概の人はその器の歪みがほどほどなのだが、異常者とかオタクに分類される人たちは、たぶんガッタガタなのだ。大衆に愛されるようなクセのない形をしたものでさえ入らないような歪みを有している。

だからこそ、はまるものを見つけたときの適合率は半端ではない。もう二度と抜けないぐらいにはまりこむ。

これは本人の資質の問題。言ったら才能の話である。

 

もうひとつは、単純に運の問題である。

自分の器にはまる形のものを見つけられるかという運だ。または、出会ったときに「はまるかも」と試そうとしたかどうかである。それはほんの些細な心の揺らぎだ。ちょっとでも出会うタイミングや体調が違かったら、好きになれるものと出会えたとしても、気づかずに終わってしまう。

 

だからこそ、変人たちは一度ハマると抜け出れなくなる。好きから離れられなくなる。だって、それ以上に好きになれるものがないのだから。

これは完全に呪いである。「ずっと好きでいられるものがあって、幸せですね~」なんていう穏やかな話ではないのだ。ある種、苦しみである。離れたくても離れないのだから。

 

余談

 

奇天烈エピソードには単純に笑えるし、異世界の住人たちである芸大生たちの生体は、興味深くて仕方ない。結局は人間が一番面白い。大満足の一冊だった。

 

で、余談なのだが、私は学生時代に超強豪の吹奏楽部に青春を捧げた人間なので、それなりに音楽を極めようとする人間について、詳しい。高校の部活程度しか知らない自分が、藝大なんていう日本の芸術の最高峰の学生について語るのは、 おこがましいにもほどがあるのだが、それでも彼らの言葉を読んでいると、どうにも自分の青春時代と重なってきて仕方ない。やはりなにかに打ち込む人間というのは、レベルの差はあれど同じような精神状態になるものだ。

つまり何が言いたいかというと、音楽科の生徒のエピソードが個人的にたまんなかったので、余計に評価してしまっている、というだけの話である。はい、余談おしまい。ついでにこの記事もこれでおしまい。

 

以上。

 

 

 

知らなかったけど、マンガ化されてたんか。