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ミステリーの醍醐味はここにある。荻原浩『噂』

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荻原浩はできる子。

 

どうも。読書ブロガーのひろたつです。人に噂されるぐらいの存在になりたいです。

さて、今回は直木賞受賞作家が放つ変化球的作品について。

 

内容紹介

「レインマンが出没して、女のコの足首を切っちゃうんだ。でもね、ミリエルをつけてると狙われないんだって」。香水の新ブランドを売り出すため、渋谷でモニターの女子高生がスカウトされた。口コミを利用し、噂を広めるのが狙いだった。販売戦略どおり、噂は都市伝説化し、香水は大ヒットするが、やがて噂は現実となり、足首のない少女の遺体が発見された。衝撃の結末を迎えるサイコ・サスペンス。 

 

人間ドラマの名手が放つ、異色のサスペンス 

荻原浩といえば、デビュー作の『オロロ畑でつかまえて』を代表されるように、非常にコミカルな作品を得意とする。また直木賞受賞作である『海辺の見える理髪店』のような人間ドラマを扱うことも多い。

どちらも素晴らしい作品たちである。

それにしてもなぜ、荻原作品の登場人物たちというのはあんなにも、生き生きとしていて、しかも愛すべき存在になり得ているのか。

その根底には荻原浩の人間そのものを愛する優しい目線がある。それがあるからこそ、人の可笑しさあぶり出し、美しさを鮮烈に切り取ることができる。

非常に温かみのある作家と言えよう。彼の作品を読んでいると、彼自身の人柄も感じられるようである。

 

で、そんな人間ドラマの名手が今回はサイコ・サスペンスである。

どんな仕上がりになっているか、楽しみにならないわけがない。

 

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やっぱりできる子でした

結論から言えば、『噂』は間違いなく人の記憶に残る傑作になった。

ここが凄い。

ここまでの荻原浩では考えられないような作品にも関わらず、キレッキレの変化球を投げてきやがった。「え?そんな球使えたの?!」と長らくファンをしていた人間からすれば、不意打ちも不意打ち。小説好きとして、そして作家のファンとしては嬉しい驚きであった。

荻原浩はできる子。これ、よく覚えておくように。

 

いやー、それにしても直木賞受賞とはねー。いつかは取ると思ってたよ私は。完全に後出しジャンケンだけど。

 

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お試し作品ではない

繰り返すようだが、この『噂』はそれまでの荻原作品とはかなり毛色が違う。コメディ作家がいきなり「サイコ・サスペンス」とか言い出しても、「ああ、ちょっと手を出してみましたみたいな感じね」と勘違いされるかもしれない。

それは大間違いである。

 

荻原浩は完全に狙ってやっている。当たりをつけて、最高の球を放ってきているのだ。決してまぐれなどではない。

 

確かに作中の会話などでは、普段の荻原節を感じられるかもしれない。ちょっとしたコメディー要素も見え隠れしているかもしれない。

だが、それは荻原浩がサイコ・サスペンスを書けないのではなく、作品の“ある部分”のため施した装飾であることを、読後気付かされることだろう。

 

帯に書いてある「ラスト一行がどうのこうの」は正直どうでもいいし、そんなことは関係ない。

 

筆巧者である荻原浩が、私たちをどんな冒険に連れ出してくれるか期待して待っていればいいのだ。

 

コメディとの相性の良さ

作中に散りばめられた笑いの要素も、ここまで荻原浩という作家性(つまりコメディー作家的な)も『噂』という作品を引き立てるために一役買っている。

サイコ・サスペンスというからには、異常性を表現しなければならない。

荻原浩が得意とする笑いも、ある種、異常なものに焦点をあてる行為である。

このふたつは非常に親しい存在なのだ。

 

話は逸れるかもしれないが、松本人志のコントの中で『荒城の月』という作品がある。

これがまたかなりサイコな内容で、なのに笑えてしまうという不思議な仕上がりになっている。

つまり、笑いを追求しようとしたり、表現しようとすると、自然とサイコな分野に足を踏み入れることになるのかもしれない。

 

 

 

しかも、笑っているときと、サイコに怯えるときの感情の落差は、そのままエンタメとしての“愉しさ”でもある。見ている側はジェットコースターに乗っているかのように、感情を振り回されることになる。これが面白くないわけがない。

観客はいつだって、振り回されることを望んでいるのだ。

 

人を描くのが上手すぎ

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もう少しだけ『噂』の魅力を語っておこう。

やはり書いているのが荻原浩だけあって、人間描写が非常に巧みである。特に、主人公の娘である女子高生が凄い。

オッサンが女子高生を描くと、まるでアニメに出てくるような女子高生になってしまいがちだが、この子に関しては完全に女子高生。女子高生が描いたかのような女子高生なのだ。

ただ、時代に合わせた口調だったりアイテムを使わせたりしているので、現代の女子高生とまったく同じというわけではない。

 

でも「これ女子高生じゃん!」という感動は確実に共有してもらえると思う。

 

なんてことをオッサンである私が言っても説得力がないかもしれないので、一応言い訳をしておく。蛇足である。

私が『噂』を読んだのは19歳のときで、そんなクソガキのときでも同じ感想を持ったので、それなりの説得力があると思う。そう信じたい。いや、19の頃からオッサンみたいだったからさ…。ウェイウェイしたことなんか一度もねえよ…。

 

アイデアは風

さあ、全然関係ない話をしたところで、そろそろこの記事を終わりにしたいと思う。

最後にひとつだけ。

 

この作品はとあるアイデアを元に組み立てられている。コメディー作家として主な活動をしていた荻原浩にこんなアイデアが降ってきたのは、なんとも面白い現象である。

 

誰が言ったか知らないが、アイデアは風みたいなものなのだそうだ。

いつでもそれは吹いていて、誰にでも降り注いでいる。そして、それに気付くかどうかはその人次第なのだそうだ。誰にだって素晴らしいアイデアを思いつく可能性があるらしい。

 

私のような凡人にはにわかには信じがたい話である。

だが考えてみれば、確かに高橋ジョージもあんなんだけど、『ロード』なんていう名曲を生み出してるぐらいだし、この説はかなり有力かもしれない。

 

であれば荻原浩がこんな恐ろしいアイデアを思いついてもなんら不思議ではないだろう。 

そして、荻原浩という作家がこのアイデアを使うことで、より『噂』という作品の面白さが際立っていることをここに記しておこう。

 

以上。どうか、レインマンにはお気をつけて。