どうも。
ちきりん氏も絶賛した、ブラジル移民を扱った最高の犯罪小説をご紹介する。
内容紹介
ワイルド・ソウル〈上〉 (新潮文庫) | ||||
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その地に着いた時から、地獄が始まった――。1961年、日本政府の募集でブラジルに渡った衛藤。だが入植地は密林で、移民らは病で次々と命を落とした。絶望と貧困の長い放浪生活の末、身を立てた衛藤はかつての入植地に戻る。そこには仲間の幼い息子、ケイが一人残されていた。そして現代の東京。ケイと仲間たちは、政府の裏切りへの復讐計画を実行に移す! 歴史の闇を暴く傑作小説。
戦後の日本が実際に行なった南米移民政策という愚策をベースにしており、リアリティは完璧。迫力が凄まじい勢いで襲い掛かってくる。そんな印象である。
ある程度はフィクション的描かれ方はされているだろうが、それでも国から捨てられて苦しんだ人がいた事実は動かない。小説として読みながらも、史実という重みが読者の胸に余計に負荷をかけてくる傑作である。
この重さはただのフィクションじゃ経験できるものではないだろう。
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ハードルを越える作品
私が本好きになった当初から『ワイルド・ソウル』の評判はよく目にしていた。
なんてったって、吉川英治文学新人賞、大藪春彦賞、日本推理作家協会賞、と史上初の三冠受賞作品である。並の作品ではないのは分かりきった話である。
しかしながら、私がひねくれているせいかどうか定かではないが、これだけ「凄い凄い」と持て囃されていると、逆に手を伸ばしたくなくなるもの。しばらくは「どうせみんなが好きな作品なんでしょ。興味ねえよ」と放置していた。
しかしいつまでもシカトできるほど、『ワイルド・ソウル』の存在感は薄くない。本のおすすめ記事ではしょっちゅう見かけるし、ちきりんを始めとする有識者も評価している。
あまり大衆向けの作品は読みたくはないが、「そこまでみんなが言うなら…」ぐらいの感じで読み始めた。
そして圧倒される。
これだけ事前にハードルが上げられているのは、実は作品にとってそこまで有利なことではない。宣伝効果にはなるだろうが、期待した分、面白さは減ってしまうものだ。
だが、『ワイルド・ソウル』はそんな私のハードルを軽く越えてしまった。
文庫の上下巻をまさしく一気読みしてしまったのだった。
抱いてはいけない感情
先程も書いたようにこの物語は史実をベースに組み上げられている。私のような無学な人間には衝撃の連続だった。まさかこの日本がほんの少し前に、そんな自国の国民を棄てるような政策を実行していたなんて、驚きだった。しかも、ブラジルに渡った日本人たちはほとんどが飢え死にしたという事実も私の胸に非常に重いものを残した。さぞかし無念だったことだろう。
そして、ここからが『ワイルド・ソウル』の真骨頂である。
読者のほとんどが日本人だと思うが、そんな私たちが感じてはいけない感情を持たせてしまう。
つまり「日本への憎しみ」である。
壮大なテーマに挑んだ野心作!
私たちが生きていて、日本の仕組みや政治家の言動に文句を言いたくなることはあっても、憎しみを抱くなんてのはそうそうないと思う。なので、不謹慎だが非常に「新鮮」に感じてしまった。あくまでも仮想に則った感情である。
そんな憎しみを感じさせたら、物語の役目は当然決まっている。
日本への復讐である。これをやってのけるのが、『ワイルド・ソウル』なのだ。
作中でも書いてあるが、実際に愚策を講じたのは昔の日本であり、今の日本は民主主義国家として成熟し、棄民政策なんて愚かなことは絶対にしない。当時の政治家たちはもうすでにいない。
だから、いくら日本に憎しみを抱こうとも、今更復讐を企むのはお門違いである。
しかし、それでも苦しんだ人たちの気持ちは報われていない。屍になった肉親への弔いを理由に、主人公たちは日本を相手に勝負を挑む。
日本人である私たちが、主人公たちと一緒に日本への復讐をしようとするなんて、こんなに痛快な物語があるだろうか。
こんな壮大なテーマに挑戦してくれた垣根涼介に拍手を送りたい。
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爽快なラスト
物語は序盤から苦しみの描写を徹底的に繰り返してくる。そうやって読者に、憎しみを植え付けてくる。
その後も、主人公たちが実際に復讐を計画し実行するまでの様子が描かれ、物語のベースは非常に邪悪なものに満ちている。
これだけ暗く、苦しみの上に成り立っているような物語だ。まともに終わらせられるはずがないと思っていた。
しかしながら、ラストは思いもよらないほど爽快感に満ちたものだった。このラストのおかげでこんなにもみんなが賞賛しているのだろう。
読書の楽しみを奪わないためにもネタバレをするつもりはない。主人公たちがどんな復讐を企み、そして成功したのかどうか、実際に読んで確認してもらいたいと思う。
ブラジルに放り捨てられ、棄民となった数え切れないほどの日本人。彼らの何十年にも及ぶ苦しみを背負い、立ち上がった主人公たち。
彼らの運命がどこに向かうのか、しかと見届けてもらいたい。
復讐なんてのは何も生み出さない。弔いにもならないはずだ。
しかし、信念を持って行動した先には何か得るものがあるはず。そんなことを思った次第。
ブラジルの大地のように熱く、エネルギーに満ちた傑作である。
久々に読み終わるのを残念に感じた作品だった。
以上。
ワイルド・ソウル〈上〉 (新潮文庫) | ||||
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