どうも。
直木賞受賞作家、荻原浩の魅力が詰まった作品を紹介しよう。
内容紹介
ハードボイルド・エッグ 新装版 (双葉文庫) | ||||
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私の名は最上俊平。私立探偵だ。フィリップ・マーロウを敬愛する私は、ハードボイルドに生きると決めているが、持ちこまれるのはなぜかペットの捜索依頼ばかり。正直、役不足である。そろそろ私は変わろうと思う。しかるべき探偵、しかるべき男に―。手始めに、美人秘書を雇うことを決意したが、やってきたのはなんとも達者な女性で…。心優しき私立探偵とダイナマイト・ボディ(?)の秘書が巻きこまれた殺人事件。くすりと笑えてほろりと泣けるハードボイルドの傑作!
「私だけが知っている大好きな作家」というイメージを荻原浩には持っていたのだが、いつの間にか直木賞作家まで成長してしまった。きっと私と同じようなことを思っていた人がたくさんいたのだろう。何か悲しい。
まあそれはどうでもいいとして、最近になってやっと日の目を見始めた荻原浩だが、実は彼の魅力はデビュー当時からすでにあったものである。
彼の作品の中でも特に「これは荻原浩らしい!」と言えるのがこの『ハードボイルド・エッグ』である。
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渋くにやろうとしているのにダメ
私は書店で『ハードボイルド・エッグ』を手に取り、裏のあらすじを読んだ時点でピンと来た。これは間違いなく面白い、と。そしてその期待にしっかりと応えてくれた。この時点で荻原浩を褒めてやりたい。世の中にはあらすじだけが面白い作品のなんと多いことか…!
『ハードボイルド・エッグ』の面白さの肝は「渋く格好良くやろうとしているのに、全然ダメ」というところである。
主人公の最上俊平は、あの有名な私立探偵フィリップ・マーロウに憧れる冴えない男。彼の頭の中では完全に自分自身をフィリップ・マーロウと思っているのだが、いかんせん現実が追いついてこない。このギャップが堪らない。
たまにマーロウを真似たシーンがあるのだが、そのたびに笑わせてくれる。この面白さは元ネタを知ってもらうと余計だが、知らなくても雰囲気で伝わると思う。現に私は『ハードボイルド・エッグ』でマーロウに興味を持った。
ちなみにフィリップ・マーロウの代表作といえばこれ。
ロング・グッドバイ (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-11) | ||||
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映画の『ゲットスマート』を観たことがある人なら分かってもらえると思うが、同じ種類の笑いである。
せっかくのパッケージなのに、顔が髪の毛で隠れてしまうこの感じ。通ずるものがある。
主人公の健気さになんかやられる
主人公の最上はただのバカである。いや、妄想狂のバカである。
そんなバカなのだが、なぜか目が離せない。いや、バカだから目が離せないのか…?
とにかく愛すべき主人公である最上。最初は行きつけのバーでウイスキーとおでんを食べているような彼を笑っているだけだった。だが次第になにか胸を震わせてくるものがある。まさか…こんなバカに感動させられている…だ…と…?
この作品を読んで気付いたことがある。
それはバカと純粋さは同じであることだ。そして、人は純粋なものに弱い。それが美しいと本能の部分で理解しているのだろう。
だから、最上が殺人事件に巻き込まれて奮闘し、何の力も持っていないクセに正義を貫こうとする健気な姿に、私たちの胸は震えてしまうのだ。最上がバカだからこそ、なぜかこれが悔しい。何でお前なんかに泣かされなきゃいけないんだよ、と。
でもお陰で忘れられない作品になってしまった。
それにしても悔しい。
ただのバカな作品じゃ終わらせない
考えてみれば荻原浩の作品にはどれもそういう要素があった。
主人公のバカさや愚かさに「あはは」と笑っていると、そこに荻原浩が「でも本当の美しさってのはこういう人間にこそ宿るよね?」と語りかけてくる。知らず知らずの内に主人公を見下していた自分を客観的に見てしまう。彼らを笑うだけの資格が自分にあるだろうかと。
荻原浩のセンスをもってすれば、きっと笑えるだけのバカな作品にすることもできると思う。
しかし彼はそうしない。そんな薄っぺらい作品にはしなかった。いや、彼ほどのセンスがあるからこそ、もうできないのかもしれない。光も影も両方描くからこそ、物語に厚みが出るのだから。
それは過去の作品たちが証明してくれている。
オロロ畑なんてモロにそうだし、
オロロ畑でつかまえて (集英社文庫) | ||||
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明日の記憶は影を主体にして、光を浮かび上がらせている。
明日の記憶 (光文社文庫) | ||||
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文章で笑わせるという凄さ
それにしても荻原浩のセンスは素晴らしい。文章でこれだけ「笑わせる」ことができる作家ってのはそうそういない。私が知っているだけでも両手で収まると思う。
いつだか私の上司が洋菓子のコンテストに向けて練習している私に「お前はセンスがないけど、センスってのは練習したりしてあとから付けられるものだから、頑張れ」と貶してるんだか励ましているんだかよく分からない助言してくれたことがあった。
その甲斐あってか、その助言を貰ってから2年後に全国大会で3位という私という人間にしては珍しい結果を出すことができた。
確かにセンスらしきものは練習などで身についたとは思う。だけどそれよりも私が驚いたのは、その年の優勝者が初出場だったことだ。それなのに圧倒的な存在感を放っていた。
そのときに私は思った。「センスは努力でなんとかなっても、才能はどうしようもないな」と。
同じものを荻原浩には感じる。
笑いの表現が上手になっていく作家というのはいる。だが始めから読者の勘所を抑え、たとえ「クスッ」程度だとしても笑わせることができる人は、そうそういないのだ。
バカなこと書いているので見くびりがちだが、荻原浩は相当な手練である。道化師の仮面の下にとんでもない力を秘めている。
そして我々読者を楽しませることを楽しんでいるのだ。恐ろしい男である。
そんな恐ろしい男の魅力が詰まった『ハードボイルド・エッグ』をぜひ読んでもらいたい。
以上。
ハードボイルド・エッグ 新装版 (双葉文庫) | ||||
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