俺だってヒーローになりてえよ

何が足りないかって、あれだよあれ。何が足りないか分かる能力。

投資は仕事じゃなくて趣味だって言うけど、じゃあ仕事と趣味の違いって何さ

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投資家って、憧れるよね。

 

 投資は仕事じゃない?

どうも、ヘタレ投資家ブロガーのひろたつです。イオンの株主優待が割に合いすぎて唯一保有しています。

 

先日ツイッターで、

投資という仕事は存在しない。仕事とは他人に価値を提供することなのだから、自分の懐を肥やすだけの投資は仕事ではない。投資は趣味である。なので投資家という職業も存在しない

といった主旨の発言を見かけた。うろ覚えなので精確ではないかもしれない。

 

私は自分というものがほとんどないので、他人の強気な発言を目にするとすぐに「なるほど!その通りです!」と盲信してしまう傾向がある。上記の発言を見たときも、「やっぱり投資なんかで儲けているやつはクソ野郎だな。羨ましいけど、全然羨ましくないぜ!」と息巻いたものである。執拗に私へ劣等感を押し付けてくる世の金持ちたちに逆襲できるチャンスだと手を叩いて喜んでいた。

しかし、一通り狂喜乱舞したあと冷静になってみると色々とおかしいことに気が付いた。気が付いてしまった。

 

上記のツイッターでは仕事の定義を「他人に価値を提供すること」。そして趣味の定義を「自分に価値を提供するもの」としている。

まあいちいち他人の価値観を否定する必要もないのだろうが、論理に穴があるのでぜひとも突っ込ませてもらいたい。

 

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じゃあ自給自足は?

早速論破させてもらうと、「仕事とは他人に価値を提供すること」としてしまうと、自給自足で暮らしている人の仕事を否定することになる。

自分に価値(食料)を提供するために畑を耕す行為は、間違いなく仕事だろう。というか、基本的に仕事は自分に価値をもたらす行為に他ならない。他人に価値を与えることのみが目的なのであれば、それはボランティアと呼ばれる活動がもっとも近いだろう。

そんなことを考えてみると、仕事と趣味の境界線が曖昧になってくる。

例えば、趣味で絵を書いている人がいたとしよう。彼は自分の絵が大好きで、絵が上手くなることそれだけが生きがいである。日進月歩を信条とし、誰にも知られない内に彼の作品は世界基準を大きく上回るものになっていた。

それをたまたま知人が見つけ、驚愕する。そして「ぜひともこれを譲って欲しい。いくらなら譲ってくれるか?」という話に進む。

ここで金銭が発生したとき、彼の“絵を描く”という趣味は、趣味と呼べるのだろうか。金を生み出した時点で趣味という言葉は似つかわしくないように感じる。仕事感が出てくる。ただこれは感じる、というだけの話なので、私の中で何か思い込みが邪魔をしているのかもしれない。

 

これからは遊びが仕事になる 

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「好きなことで生きていく」の言葉にも代表されるように、現代では過去の価値観からすれば「遊び」でしかないようなことが、仕事になり始めている。

以前、ホリエモンが何かのテレビ番組で「これからは遊びが仕事になる」と断言して他の出演者から非難を浴びていた。「そんなわけがないだろう」「みんなが遊んだら社会が成り立たない」と。

それに対してホリエモンは、自分自身を含めた出演者たちを指して「こんなテレビの仕事だって、昔から見れば“遊び”でしょ」と言い放った。

当然出演者たちからはさらに非難が出てきた。

「私が遊びでなんかこの仕事をしていません」と全然見当違いの反論をしている方もいらっしゃった。まあご立派な姿勢ですこと。

 

この傾向はこれからどんどん加速するだろう。産業革命、IT革命、そして次にくるAI。人々の仕事はその時代に合わせて常に変化する。

もちろんその中には、変化を察知し自ら変化していく側と、変化させられる側に分かれることだろう。私はどちら側になるだろうか。自分のポテンシャルを考えると、流されて溺れ死んでいるぐらいがお似合いな気がする。ところで、あなたはどうだろうか?流されていく私の姿を見て、手を叩いて喜ぶ側になるのだろうか。

 

不快だと感じたらから、否定する

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人は感情で判断することが非常に多い。まずは「快/不快」を決め、そこからその理由なり理論なりを立ち上げる。感情を第一にしてしまうのだ。だから賛成派とか反対派なんていう分かれ方をして、いつまでも交わらずに答えを出せないままになってしまう。

 

いくら上手な否定ができて相手をやり込めたような気分になった所で、あなた自身の価値が上がることはない。上にいる人間を引きずり下ろしたからといって、あなたの位が上がるわけではない。ないのだが、それで気分をよくしてしまう人のなんと多いことか。はい、私のことです。サーセン。

 

誰がどんな仕事をしようがその人の勝手である。

生きるために、生きていくために、限られた人生という時間割にどんな項目を入れようがその人の自由なのだ。

だから、いちいち「そんなの仕事じゃねえよ」とか言う必要もない。他人に価値を提供することが正しいと思うのであれば、自分自身がそれを黙々と遂行すればいいだけである。

賛同を得られるかどうかはその先にあるだろう。それを自分が示せばいいのだ。

 

以上。

 

ということで投資で儲けて遊んで暮らそうじゃないか。(詐欺師感)

 

 


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