奥田英朗はできる子。
どうも。読書ブロガーのひろたつです。どんだけ追い込まれても、精神科に行く勇気はありません。
今回紹介するのは、私の大好きな作家奥田英朗の記念すべき直木賞受賞作である。
変態精神科医の人気シリーズ
伊良部総合病院地下の神経科には、今日も悩める患者たちが訪れる。 だが色白でデブの担当医・伊良部一郎には妙な性癖が……。この男、泣く子も黙るトンデモ精神科医か、はたまた病める者は癒される名医か! ?
伊良部シリーズと呼ばれる、変態精神科医の伊良部一郎が物語のトリックスターとして妙な活躍を見せてくれる大人気シリーズである。
ちなみに前作はこちら。
シリーズものではあるが、オムニバス形式の短編集なのでどちらから読んでもらっても構わない。どちらも遜色ない出来である。だが、3作目の『町長選挙』だけは凡作中の凡作なので放っておいてあげてほしい。
『伊良部シリーズ』では伊良部はあくまでも脇役であり、主人公は各話ごとに変わるようになっている。
あけすけなこと書くが、話の構成はほとんど同じである。
1.精神的におかしくなった患者が伊良部の元を訪れる。
2.伊良部の奇人っぷりに圧倒される。
3.適当な診察をされる。
4.余計に問題がこじれる。
5.なんだかんだ言って、解決する。
毎回これである。水戸黄門もびっくりだ。でもこれがいい。堪らなく面白い。いくらでもページをめくれてしまう。
いつまでもふざけた存在であり続ける伊良部は珍獣を見るような面白さを提供してくれる。
それに対する真剣に悩む患者は、あくまでも普通の人。私たちと同じような存在である。
だから彼らの悩みは私たちの悩みと非常に似通っていて、擬似的に私たちは伊良部に診られる感覚を味わう。これが妙に快感なのだ。
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メディアミックスが半端じゃない
読んだ人の多くが、私と同じような快感を得られたのか、『伊良部シリーズ』はメディアミックスを数多く展開している。
ドラマ化、映画化、舞台化、アニメ化、と全部やり尽くしている。
これは驚異である。
普通であればどれかひとつでも携わればいいところである。それがこれだけ網羅しているのというのは、それだけ作り手が「作品にしたい」と思ったということだろう。
人を動かすだけの力を持っているのが、『伊良部シリーズ』なのだ。
…それにしても、原作で伊良部の容貌を「色白でデブのチビ」と書いてあるのにも関わらず、なぜ阿部寛を起用したのだろうか。原作とは違うファンを獲得したかったのだろうが、それにしてもやりすぎである。
ちなみにこっちも原作ファンとしては、違和感しかない。
バカに核心を突かれる快感
伊良部は医者なのだが確実にバカである。それは彼の発言を見る限り明らかだ。それに下品で人格的にも下劣である。
そんな見下すべき存在である伊良部。そんな彼はときおり、患者たち(私たちも似たようなものだ)に対してヒョイと軽い感じで核心を突いてくるときがある。愚かであるがゆえに、我々の凝り固まった頭では見つけられない真実に辿り着くときがある。
この「バカに足元をすくわれる」感覚がなんだか心地よいのだ。痛快とでも言おうか。
常識の中で生きることを命題としている普通の人だある私たちは、心のどこかで予想外(常識外れ)な出来事を待っているのだろう。だからこそ、伊良部というバカの言動が面白くて仕方なくなるのだ。
読んでいる内に気付いたことがある。
最初は「本当にどうしようもねえ奴だな」と思っていた伊良部。それが次第に「次はどんなことを言うんだろう」と心待ちにする存在に変わってくのだ。
患者たちと一緒に、あなたも不思議な伊良部ワールドへ入ってみよう。
全部爽快です
あともうひとつ、ここまで伊良部シリーズが評価された理由がある。
それは収録作のすべてが爽やかなラストに仕上がっていることだ。
登場人物は誰もが愛すべき小市民であり、気分を悪くするような人間はひとりも出てこない。そんな彼らが悩み、苦しみ、最後には必ずしも完璧ではないものの、解決へと向かう。または成長を遂げる。
その姿は爽やかさに満ちていて、こんなに気分良く読み進められる作品はそうそうない。
昨今は過激な暴力描写やエロ、グロなどで衆目を集めようとする傾向があるが、そういった作品は目に触れられる一方で幸せな気分にはさせてくれないことが多い。
そんな中で、こんなにもど真ん中の爽快ストーリーがあったら、そりゃあメディアミックスの格好の標的になるというものである。
奥田英朗はできる子
それにしても、ここまで書いてきてつくづく思うのは、奥田英朗の筆達者ぶりである。
彼は長編でも最強の作品を生み出してきたし、短編でもこんなに面白いものを創れてしまうのだから恐ろしい子である。
※参考記事
長編作品では緻密な人物造形をし、あとは筆の進むに任せたような勢いのある作品が多い。
その一方で、短編作品では緻密な人物造形はそのままに、構成力で唸らせる。
感性に任せても、論理で書いても面白いものを生み出せるというのは、奥田英朗の大きな強みであろう。
誰にでも勧められる名作
笑えて、ちょっと泣けたりして、そして最後には爽快な気分にさせてくれる。
読めば元気になるような、そんな作品が『空中ブランコ』である。
短編なので隙間時間を使って、サクッと楽しめるのもポイントとして挙げられるだろう。
文句なしに誰にでも勧められる名作である。
ぜひ楽しんでいただきたい。
以上。