俺だってヒーローになりてえよ

何が足りないかって、あれだよあれ。何が足りないか分かる能力。

普通の人を描いても作家が上手ければ面白くなるという証明『家日和』奥田英朗

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こんなに普通の人を描いた小説も珍しい。

 

不思議な作品

どうも、読書ブロガーのひろたつです。今回紹介するのは、ある意味で非常に画期的な作品である。

というのもこの作品、物語の中でほとんど何も起こらないのだ。

そして出てくる登場人物たちも無名も無名。普通すぎる人たちしか出てこない。

 

なのに面白い。

 

そんな不思議な昨品である。

 

会社が突然倒産し、いきなり主夫になってしまったサラリーマン。内職先の若い担当を意識し始めた途端、変な夢を見るようになった主婦。急にロハスに凝り始めた妻と隣人たちに困惑する作家などなど。日々の暮らしの中、ちょっとした瞬間に、少しだけ心を揺るがす「明るい隙間」を感じた人たちは…。今そこに、あなたのそばにある、現代の家族の肖像をやさしくあったかい筆致で描く傑作短編集。 

 

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何も起こらない 

この作品はエンタメ作品として位置づけられると思う。読んだら笑ったり、ドキドキしたりして楽しめるからだ。

でもエンタメと言い切るにはあまりにも何も起こらない。あまりにも普通の人たちしか出てこない。 突飛な設定は皆無。

本来エンタメというのは、読者の感情をいかに手玉に取るか、そのためにどれだけの仕掛けを施せるか、が大事である。だからエロとか暴力とかグロとか犯罪なんかが多用される。しかし『家日和』はそれらの要素とは真逆に位置するような作品だ。(エロは若干あるか…)

なのに十分面白い。こんなに地味なのに、こんなに面白い。

こうやってブログで、様々な小説を紹介し、解説してきた私としては『家日和』の面白さが不可解でならなかった。確かに面白いんだけど、この面白さは一体どこから来るのか?と。

 

結局は作者の腕

作者の奥田英朗は元々非常にリーダビリティの高い作家である。どんなに長編作品を書いたとしても、ラーメンを啜るかのようにスルスルと頭の中に入ってしまう。

その読みやすさが『家日和』という短編集の面白さの要因になっているのは間違いないだろう。

普通としか表現できない登場人物たちは、共感を抱くには十分すぎる存在だ。むしろ『家日和』に出てくる彼らの中に自分の姿をどうしても見つけてしまう

そんな彼らの日常をテンポ良く描くことで、非常に些細な彼らの喜怒哀楽がジェットコースターのように頭に流れてくるのだ。これは奥田英朗の筆力があってこそだろう。

それに、何も起こらないとは書いたものの、日々の中で起こるような些細な問題だったり、出来事は発生する。

それらがあまりにも普通すぎて、そして私たち読者との距離感が近すぎるから、こんなにも面白いのだろう。

動物園で例えるなら、遠くにいるライオンよりも、触れることができるモルモット、という感じだろうか。

 

ちょいちょい射幸心もする

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私はネタバレをしない主義なので中身には詳しく触れないが、『家日和』に収録されている物語の多くには、主人公たちの些細な成功体験が描かれている

さきほども書いた通り彼らは本当に普通の人たちなので、彼らの成功体験は読者にとっても非常に気持ちの良いものである。つまり射幸心を煽られるのだ。

この辺りは正直「ズルいな」と思ってしまった。

もちろん小説というのは読者を楽しませてなんぼである。そのためにはどんな手段だって選ばないのが小説家というカルマである。作品の質を高めるためならば、射幸心だって利用しよう。

こんなにも些細な短編集なのにも関わらず、評価が異常に高いのは、この辺りに理由がありそうである。みんなが気付いているかどうかは疑問だけど。

 

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ちょっと考えさせられたり

『家日和』を読んでいると自然と口元に笑みが浮かんでくる。そしてなんだか幸せな気持ちになってくる。何度も繰り返すが、そこにあるのは非常に些細な物語だ。でも妙な満足感をもたらしてくれる

だからなのか、読み終わった後に少し考えさせられる部分があった。

ネットインフラが発達したおかげもあるだろうが、私たちの周りには数え切れないほどの成功体験が転がっていて、羨ましくなってしまうような人がゴロゴロいる。

そのたびに私のような何の特別な能力もない凡人は、「いいなぁ」と自分と比べてしまう。無駄な嫉妬心や敗北感を感じてしまう。それがどれだけ無駄なことか分かっているのに、心は自然とそちら側へと傾いてしまう。とっても愚かだ。

 

小さな成功体験で良いのかも

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しかし、自分自身の毎日を思い返してみると、周りから見れば大したことがないようなことで笑ったり、驚いたり、感動したりしている。仲間内でしか分からないようなスケールの小ささで、とても全国ニュースになるようなものではないけど、そこには確かに喜びが存在する。誰かに評価されるようなものでもなく、シンプルに「自分の喜び」である。

スケールの大きさばかりに目が行きがちだが、実はそんな些細な喜びや成功体験でも良いのかもしれない。

というか、せっかく日常の中に自分が喜びを感じられるものがあるのだから、それをあえて小さく評価することはないだろう。自己満足以上に大切なものは人生にはないはずだ。

手の届かない他人の大成よりも、触れられる自身の幸福でしょ。 

 

些細なことで日常はできている。でも本人にとってはそんな些細なことが一大事だったりするから、人生は、そして人は面白いのかもしれない。

そんなことを考えてしまう作品であった。

 

以上。

 


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