俺だってヒーローになりてえよ

何が足りないかって、あれだよあれ。何が足りないか分かる能力。

生粋の映画オタクが大ヒットした『君の名は。』を思いっきり酷評する

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※今回は寄稿記事になります。

映画の変態からの贈り物

『俺だってヒーローになりてえよ』をご覧の皆様ご機嫌麗しゅう。

今回も私の変態部下からの寄稿記事になる。

一応紹介しておくと、私の職場には「年間200本以上の映画を鑑賞する」という変態そのものの変態くんがいる。

彼には何度からこのブログに寄稿してもらっているのだが、これがなかなか面白いので継続している。

 

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変態の酷評は極上

せっかくなので売れている映画に文句をつけて欲しいと依頼した所、「じゃあ『君の名は。』が全然ダメだったのでそのレビューにします」とのことだった。

酷評が大好きな私はワクワクしながら彼が原稿を完成させるのを待っていたのだが、これがもう予想通り素晴らしい記事になっていた。

さすが変態の酷評は切れ味が違う。

分かっているからこそ見えるものがある、と改めて思い知らされた次第である。

観た人も観てない人も

年間200本以上の映画を鑑賞する変態からの、正面切っての酷評である。

『君の名は。』を観た方は答え合わせとして、まだ観ていない方は余計な知識を入れるためにぜひこの記事を読んでもらいたいと思う。確実にあなたの視聴態度に影響を与えるはずだ。

では変態くんの『君の名は。』のレビューに行ってみよう。

 

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~寄稿ここから~

全然駄作でした

ハッキリ言って、自分にはこの大ヒット映画『君の名は。』はハマらなかった。別にハマる人が続出することはおかしいとは思わない作品ではあるが、正直自分としては2016年のワーストに近いレベルの作品だった。

まあ大体にしてこれだけ評価されている作品なのだから、少しぐらい酷評する人がいても構わないと思う。

良い所から語ってみよう

色々と言いたいことはあるが、まずはこの作品が評価された理由というか、みんながハマったであろうポイントを挙げてみる。

 

みんなが騒いでいる映像美とやらは本物。男女入れ替わりという難しい役を演じながらもキャラクターの良さを出せている神木隆之介と上白石萌音を始めとする声優陣の仕事も素晴らしい。

また男女入れ替わり、学生の青春ドラマ、彗星墜落と救出によるドラマ、それのどれもドラマチックに描かれており、映画としてたくさんの見所が存在する。そしてその盛り上がりと映像がRADWINPSの音楽と極限までマッチしている。

 

…と思う。

盛り上がりの使い方

盛り上がりポイントが多いのは結構だけど、まずその盛り上がりポイントが「浅すぎる」ことが問題だ。

名作と呼ばれる作品を観て貰えれば分かるが、個々の盛り上がりポイントを深く描けば、それだけで十分に面白い映画が一本撮れるのだ。だからこそ「もったいない」と感じてしまうし、たくさんの見所は逆に「安売り」にも感じられてしまうのだ。

その為、それぞれのポイントに対する描かれ方の深さが感じられず、それぞれの行動の動機があまりにも弱い!説得力のない作品に観客は心動かされないのだ。

音楽の使い方

RADWINPSの主題歌などは映像とのリンク感やイメージにもとても合っている、とは思う。この作品のために作り上げたのがよく分かる。

だが、あまりにもリンクしすぎてやしないだろうか?

途中の『前前前世』が流れるシーンでは主人公の2人が過ごしてきた時間が折り重なりスピーディーに表現される。出来としては凄いと思うのだが、それが故に映画全体がRADWINPSのPV映像みたに見えてしまうのだ。ただでさえ最近のPVは曲に入る前に長々といらんドラマを見せるものが増えているから余計だ。

ラッドファンからすればそれが良いのかもしれないが、映画としてはストーリーに集中できなくなってしまった。素直に物語世界に没頭できなくさせてしまうのは、映画音楽としては失敗じゃないだろうか?

その曲中に一瞬流れる映像の数々に、後に2人が惹かれ合ったり、入れ替わりに慣れたという描写が盛り込まれているのだが、それこそそのシーンを作中でじっくりと丁寧に描くべきじゃないかと思う。あまりにも投げっぱなしすぎだ。

SF映画としての致命的なミス

またSF映画として致命的なミスをしている。

SF映画にはリアリティラインというものがある。

どこからが異世界の出来事で、どこからが現実と地続きになっているのかを観客に理解させるラインだと思ってもらえばいい。

簡単な例を挙げるならば、桃太郎がいいと思う。

あれは物語の冒頭からして「大きな桃が流れてくる」「さらにその中から男の子が出てくる」という設定になっている。これによって読者に対して「ああ、この物語はそれくらいの無茶はしてくるのね」と理解させることができる。後々の物語で多少の無茶が出てきたとしても、読者と作者の間の中で「フィクション度合い」が統一されるのだ。

これが『君の名は。』では気持ち悪いぐらい統一されていない。

具体的に指摘してみる。

心の入れ替わり、彗星墜落、この2つをファンタジーとして盛り込んでいるのだが、学生生活や村の行事などを細かに描いている。それらが主人公が村を救おうとする動機付けになっているのだが、その行動の発端となる「3年のズレ」に気付けないのはあまりもアホ過ぎる。観ているこちらは納得できない。

他にもある。

主人公の2人は何度と入れ替わり、お互いの連絡のために日記を付け、日常に溶け込めるように生活していた。また、なぜ入れ替わるのか考察し、作中に出てくる携帯電話には書いた日記の曜日がちゃんとズレているのに、なぜ違和感を感じないのか。やっぱりアホ過ぎる。もっと真剣に悩めと言いたくなる。もっと真剣に問題と向き合っていればそれくらいは気づけるはずだ。注意力が足りなさすぎる。

その程度なのに、彗星墜落ギリギリになって急に助けようと言われたって…と乗り切れなかった。

意味不明な登場人物

他にも、思わせぶりな発言をしておきながらも、別に物語上、何の鍵も握っているわけでもない三葉のおばあちゃんや父など、キャラクターとしての立ち位置が意味不明だった。結局何だったの、あれ?

登場人物として物語に配置するのであれば、それなりの役割を与えなければならないと思う。やはりここでも投げっぱなしだ。

まとめ

このようにあまりにも映画としての魅力が足りない作品だと感じてしまった。

しかし先に述べた通り、

 

・盛り上がりポイントが多くドラマチック

・RADWINPSの曲だらけ

・甘酸っぱい青春(=童貞臭いとも言う)

 

といった見どころは確かにあるので、細かいことを気にしない方であれば楽しめるのは間違いないだろう。特に今のブームに乗っかって映画館に足を運ぶような人であれば尚更だ。

 

~寄稿ここまで~

 

私自身は映画にそこまでお金を費やす習慣がないので、映画館にはとんと足を運んでいない。(子供が小さいというのもある)

ただでさえ、今の世の中は娯楽に満ちあふれている。パソコンやスマホの画面を覗けばタダでいくらでも時間を潰せるだけのコンテンツがある。誰しもが時間を潰すのを得意になってしまった。わざわざ映画館に足を運ぶ人は、私だけではなくかなりマイナーな人種だろうと思う。

だがそれでも映画は話題になりやすく、テレビのCMなどでも大々的に報じられる存在である。大衆に与える影響は非常に大きい。

だから『君に名は。』はこれだけヒットし、話題に登ったのだろう。またそれでもこれだけの大ヒットは素晴らしいことだと言える。まあ私はベストセラーにしろ、大ヒット作にしろ、「大衆受け」したことは評価しない主義だが。

今回は変態くんに大ヒット作を酷評していただいたわけだが、彼の記事中で語っている通り、これだけみんなが褒め称えている作品なのだから、多少でも批判する人間がいないとバランスが取れないだろう。評価が割れるぐらい多くの人が興味を持っているということなのだ。通説として、興味が少ない作品ほど高評価になるものだ。

さて、あなたはこの映画をどう観ただろうか?話題作だからとのぼせたように楽しんだだろうか?その感動は本物だろうか?

なんて意地悪なことを書いてみた。

 

以上。 

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