俺だってヒーローになりてえよ

何が足りないかって、あれだよあれ。何が足りないか分かる能力。

地球で一番面白い作家 上遠野浩平のオススメ作品まとめ

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どうも、読書中毒ブロガーのひろたつです。

 

今回は私が地球上で一番大好きな作家についてのまとめ記事である。

その作家の名は、上遠野浩平。地球で一番面白い小説を書く男だ。異論?反論?そんなもん知ったことか。私の中でこの評価は揺るがん。

 

正直、まとめ記事を書くのは畏れ多い。

なぜなら上遠野浩平こそ、私に読書の楽しさを教え込んだ作家だからだ。私の読書原体験は上遠野浩平その人にあったと言っていい。名前を見るだけでテンションが上がるし、なんならあの全然冴えない見た目さえも愛している。完全に信者である。

 

なのでこんな「まとめ記事」なんていう、はしたない真似はしたくない。そうっと自然に任せておきたい作家だ。もう私にとってはほとんど神に近い存在なのだから…。

しかしそこは読書中毒ブロガーを自称し活動している私である。

上遠野浩平という偉大で少々奇妙な作家の魅力を世に広めるのが、筋というものだろうし、私の数少ないこの世における役目であろう。布教活動も信者の大きな役割である。

 

オススメ作品?

ということで、上遠野浩平の膨大な著作の中から畏れ多くも、特にオススメの作品を紹介するわけなのだが、これがまた非常に厳しい作業である。

なぜなら、私がもし誰かに「上遠野浩平のオススメ作品って何?」と聞かれたら、こう答えるからだ。

 

「全部。」

 

即答する。

これは冗談ではない。嘘偽りない私の気持ちである。

 

上遠野浩平の変態性

というのも、これには深い深ーいワケがある。

 

上遠野浩平は異常なまでの「作品間リンクフェチ」なのだ。

 

どういうことかと言うと、彼の著作はこの記事を書いている2018年3月時点で60作ほどの作品を上梓しているが、そのすべての作品がどこからしらで設定が繋がっており、同様の時間軸の中で展開されているのだ。(“上遠野サーガ”と呼ばれている)

 

これがどのような効果を生み出すか。

それは…

 

作品を読めば読むほど、面白くなってしまう、

 

である。

 

すべての作品がリンクしているので、上遠野浩平作品を知れば知るほど、彼の作品が面白く感じてしまうようになるのだ。面白ポイントがそこら中に散りばめられている。

その証拠にAmazonのレビューを読んでみても、作品間リンクの話しかみんなしていない。それが高評価だったり低評価だったりはするけれども、それだけみんな夢中になっているという証拠である。効果が無ければ、そもそも誰も話題にしないはずである。

 

基準を設ける

しかしオススメ作品が「全部」ではこの記事の意味がまったく無くなる。

なので私なりに基準を設けたい。

 

・物語として秀逸(エンタメ性が高い)

・設定の明かされる度合いが高い

 

この二点である。非常にシンプルだ。

上遠野作品はシリーズ物が多く、それゆえに手に取りにくい作家だろうと思う。いきなり20数冊出ている『ブギーポップシリーズ』を読もうとする人は、残念ながら少ないだろう。

なのでシリーズもの中でも「特にこれは読んどけ!」という作品を選抜させていただいた。もしその作品が気に入って貰えたら、そこから派生していってもらえばいいだろう。

ありがたいことに、上遠野作品はどこから読んでも大丈夫なような書き方をされていることが多い。

 

 

それでは広大な上遠野サーガへと旅立とうじゃないか。

行ってみよう。

 

 

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ブギーポップシリーズ

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上遠野浩平を語る上で絶対に外せないが『ブギーポップ』である。まさに看板商品だろう。

ブギーポップとは、上遠野浩平の言葉を借りるならば「世界の敵の敵」である。どうだ、この中二病満開の表現。ゾクゾクする。ひゃっほーい。

 

“ブギーポップシリーズ”の物語のメインは、謎の組織“統和機構”とブギーポップという謎の存在、そしてあまりにも普通の少年少女たちが織りなす…まあ簡単に言えばファンタジーである。

 

少年少女たちの葛藤と共に、世界の危機がリンクして描かれ、セカイ系のハシリと言われている。

また、作品の随所に「何か」を匂わせる演出が多用されているのが大きな魅力の一つで、読みながら「膨大な物語がこの作品の裏側にある」という感じが堪らない。

 

ブギーポップシリーズの影響は凄まじく、西尾維新や奈須きのこ、時雨沢恵一らが影響を受けたと公言しているのが、語り草になっている。

また、その後のライトノベルの大きな流れを作った作品群であるとも言われている。

 

あと、どうでもいいけど無性に口笛が吹きたくなる作品群である。

 

『ブギーポップは笑わない』

 

君には夢があるかい?残念ながら、ぼくにはそんなものはない。でもこの物語に出てくる少年少女達は、みんなそれなりに願いを持って、それが叶えられずウジウジしたり、あるいは完全に開き直って目標に突き進んだり、また自分の望みというのがなんなのかわからなかったり、叶うはずのない願いと知っていたり、その姿勢の無意識の前向きさで知らずに他人に勇気を与えたりしている。 これはバラバラな話だ。かなり不気味で、少し悲しい話だ。――え? ぼくかい? ぼくの名は"ブギーポップ"――。 第4回ゲーム小説大賞〈大賞〉受賞。上遠野浩平が書き下ろす、一つの奇怪な事件と、五つの奇妙な物語。

 

紹介文の文字量の多さが、上遠野浩平という作家性を物語っているように感じる。言い回しもそうだし、散りばめられたアフォリズムも最高である。

上遠野浩平自身が「『ブギーポップは笑わない』でブギーポップシリーズは完結している」と公言しており、これは絶対に外せないだろ、という作品である。

まずはブギーポップシリーズの味わいを確認するための試金石となる作品。

しかし、これ以降の作品の方が遥かに面白いのは間違いない。

『ブギーポップは笑わない』は、変則的な書き方をしすぎたかもしれない。試みは面白い。

 

 

『ブギーポップ・イン・ザ・ミラー パンドラ』 

 

君は運命を信じているかい? 自分たちの意志とは関係なく回っていく世界の流れを実感したことはあるかい? これは六人の少年少女たちの物語だ。彼らは未来を視ることができる不思議な力を持っていて、彼らの間でだけその能力をささやかに使っていた。彼らに罪はない。そして責任もない。しかし――「これ――ブギーポップ?」六人の予知にこの僕の幻影が現れた時、運命の車輪は回りだした……。

 

上遠野浩平はとにかく読者を焦らすのが好きだ。なかなか核心を見せない。設定だったり、話の筋だったり。それゆえに読者はいつまでも上遠野浩平作品に執着してしまう。

私はこれを「設定チラリズム」と命名している。チラチラ見えるから見ずにはいられない、という現象である。いやらしいぜ、かどちん!

 

そんな設定チラリズムで読者を翻弄してばかりのブギーポップシリーズだが、こちらの『パンドラ』では、非常に重厚なドラマが展開されている。1作めの『笑わない』と同様に群像劇の形式を取っているが、こちらの方がより心に迫る感じ。私がブギーポップシリーズにハマったのは、完全にこの『パンドラ』がきっかけ。 

 

 

 

『ブギーポップ・ミッシング ペパーミントの魔術師』

 

君は何かを取り逃が(ミッシング)してしまったことはあるかな? とてもとても大切なことだったのに、つまらない意地を張ったり、目の前のことばかりに気を取られて見逃してしまったことはないかい? ……これはそういうことを繰り返さざるをえなかったある魔術師の話だ。彼は天才で、成功者で、そして失敗者だ。この魔術師が辿る一途で愚かで、そして寂しく陽気なこれはアイスクリームの物語。冷たく鮮烈な甘さは、一瞬の、そう、このぼくブギーポップですら見逃してしまうほど速く、あっという間に溶けてきえてなくなっていくひとときの慰み──道化師と死神とそして夢破れた人々が織りなす、無邪気で残酷な哀しいお伽噺。 

 

これも好きだわー。

ブギーポップは作中で“死神”と形容されるように、血も涙もない存在ように君臨している。なので読者は読みながらブギーポップに感情移入することはありえない。常に我々を、そして物語を超越した存在なのだ。

そんなブギーポップは“世界の敵の敵”である。世界の敵がブギーの前に現れたら、その後に起こることは決まっている。世界の敵を駆逐するためにブギーポップは存在しているのだから。

でももし、世界の敵に悪意がまったくなかったら?

もし世界の敵が人間を好きになってしまったら?

 

我らが死神はどんな決断を下すのだろうか。

 

 

 

ブギーポップ・カウントダウン エンブリオ浸蝕 

 

人の心の中にはひとつの卵があるという。その卵は心の中で表向きは無いことになっている何者かを貯えながら育っていき、殻の中で生まれ出るその日をずっと待ち続けているのだという。それが殻を破ったとき、その可能性はこのぼく、ブギーポップをも凌いで、世界を押し潰すかも知れない。……そして卵の指し示す運命はここにひとつの対決を生み出す。一人は既に最強で、もう一人はこれから殻を破る。だが宿命の秒読みは二人が出会うそのときまで刻まれ続ける。最強と稲妻、この二人は己の生きるたったひとつの道を見出すため、多くの者を巻き込み避けえぬ激突を迎えることになるだろう――謎のエンブリオを巡る、見えぬ糸に操られた人々の死闘の第一幕がいま上がる。 

 

ブギーポップシリーズには何人かの主要キャラが存在するのだが、こちらの作品ではシリーズ屈指の人気を誇るキャラが登場する。

その名も“リィ舞坂”。

このふざけた名前のキャラは、実は統和機構が生み出したMPLSであり、人間ではない。彼は持っている能力の最強さから“フォルテッシモ”と名付けられている。どうしようもない強さを持っている上に非常に好戦的と、物語を盛り上げるために大活躍してくれるブギーポップシリーズでは数少ないキャラである。(思わせぶりなキャラはたくさんいるけど、ちゃんと暴れまわるやつが少ない)

 

そんなフォルテッシモは、今でこそネタっぽい存在になってしまっているが、出始めの頃は、シリーズ屈指の面白さを生み出してくれていた。

 

次に紹介している『エンブリオ炎上』と前後編になっているので、思いっきり楽しんでほしい。

 

ブギーポップ・ウィキッド エンブリオ炎生  

 

世界って奴ァ悪意に満ちていると思わんかい? 普通に生きているつもりでも、どこで足下掬われるかわかったもんじゃねえよな――オレはエンブリオ。人の心の中の殻をぶち破らせる存在。望むと望まざるとに関わらず、オレに触れたものは過剰な可能性を引きずり出され、災厄に巻き込まれることになる……そしてその厄災が今、最強と稲妻の再対決を呼ぶ。この命運を賭けた決闘が決着の時を迎えるとき、街は震撼し、高らかな炎が上がり、そしてブギーポップの奴は悪意(ウィキッド)たっぷりに運命に介入してきやがるのだ……不思議なエンブリオを巡る死闘の果てに待つのは地獄か未来か、それとも―― 

 

『エンブリオ炎上』で繰り広げられる“フォルテッシモ”こと最強さんと、“イナズマ”こと高代亨の闘いは、ブギーポップシリーズの中でも一番の見せ場である。

どストレートなバトルを期待している方には超オススメしたい。それにしてもブギーポップの存在感…。

 

 

ブギーポップ・イントレランス オルフェの方舟

 

彼女の敵は世界。周り中のすべてを焼き尽くしても、なお足りぬ怒りと憎しみの対象―理由などない。生まれたそのことが間違いだったとしか言いようがない。生きながら冥界にいるのと同じように、心が凍てついている。…でもその心の中にひとつだけ例外がある。喩えるならば神話のオルフェのように、一度は死んだはずの人間を助けにあの世まで下りていき、死神にも挑んだ少年の―嘘で塗り固められた世界の謎に挑もうとする者と、さらに大きな嘘を押し通すため、謎を利用しようとする者たちが織りなす、これは虚しき仮面劇の物語。その欺瞞の行き着く先に待つものは、燃える世界か、凍れる未来か―容赦なきブギーポップは彼女たちに如何なる裁きを下すのか。 

 

ブギーポップはある種の神である。さきほども書いた通り、彼は物語を上から見下ろすような存在として君臨している。

そんなコントロール不可能な“死神”だからこそ、我々は彼に願ってやまない。

「早く出てきてくれ」

「なんとかしてくれ」

「助けてあげて」

色んな思いを抱かせるブギーポップだが、今作で彼に抱く感情は他の作品では味わえないものになっている。

シリーズの中でもぶっちぎりで切ない作品。

 

 

ブギーポップ・ダークリー 化け猫とめまいのスキャット

 

自由ってなんだろうな? なんでも自分の思うように生きることかな。でもその思ってることが他人の受け売りに過ぎなかったら、そいつは自由な意志って言えるのかな。おれたちが思ってる正しいことって、本当はどれくらい意味がある? ……あいまい(ダークリィ)でよくわからない。人生の意味をはっきり決められるヤツがいるとしたら、そいつは噂の死神ぐらいしかいないんじゃないんだろうか──とある平凡な町を舞台に、統和機構最強のフォルテッシモと、無敵の能力スキャッターブレインが激突する。普通の中学の学園祭を背景に、少女たちと少年が化け猫が歩く奇妙な風景を求めてさまよう。ふたつの相容れない事象が交錯するとき、ブギーポップが指し示す事実とは……? 

 

最強対無敵の対決が最高すぎる本作。もうこうなってくると、ブギーポップの存在意義って何…?というのは、だいぶ前から分かっていたことである。

ブギーポップはいつだって、たゆたって、読者を、そして物語を翻弄するだけなのだから。いけずな奴なのである。もっと活躍しやがれ。

という愚痴は置いておくとして、せっかく強烈な能力を持ったキャラが出てくるブギーポップシリーズでは、かどちん(上遠野浩平)のチラリズム癖のせいで、なかなか派手にぶつかることが少ない。そのフラストレーションが特有の面白さを生み出しているのは間違いないが、それでもやっぱり読者としては「ドカンとやってくれや!」というのが正直な所。

で、今作では存分に見せてくれている。やっぱりフォルテッシモはいいわー。“エンブリオ”のときも良かったけど、最強さんが活躍する話は鉄板である。

 

ビートのディシプリン

 

『ブギーポップシリーズ』のスピンオフ作品である。しかし、これがまた本シリーズを凌駕するぐらいに面白い。

主人公であるビートは統和機構の合成人間なのだが、彼の能力はこういってはなんだが、ぱっとしない。

なにせ彼は調査型なので、戦闘型ではないのだ。

そんな彼がブギーポップシリーズではおなじみの“フォルテッシモ”から命じられて、謎の組織“カーメン”を調査することとなる。そんな彼の身に次々と降りかかる“ディシプリン(試練)”を描いたのが、今シリーズである。

戦闘型の能力を持っていない彼だからこそ、命をかけて、知恵を振り絞りらなければ、ディシプリンを乗り越えることなんてできない。そんな彼の姿が単純に熱い!

上遠野浩平作品にしてはめずらしく、どストレートに物語で熱くしてくれるシリーズである。

全4巻と非常に手軽に読めるので、オススメ。

 

冥王と獣のダンス

 

僕はバード・リスキィ。僕が生きているのは、奇蹟軍と枢機軍が果てのない戦争をいつまでも続けている世界。特殊能力者“奇蹟使い”である僕と妹のアノーはこの愚かな時代を変えるべくある計画を実行したが、それは僕らの予測を超え、戦場で敵同士として出会った若者と少女の数奇な運命を導くことになる。少女の名は夢幻。彼女は十七歳の戦略兵器。そして若者は報われぬ一兵士に過ぎなかったが、実は彼、トモル・アドこそが僕らの戦争世界の運命を握っていたのだった。――これは戦い殺しあい、出会ってすれ違う人々と夢をなくした機械達の叙事詩。悪夢と未来を巡るこの凄絶な舞踏会から、僕らは逃れることができるのか……。 

 

どのシリーズにも当てはまらない単独作品である。しかし当然ながら上遠野サーガには思いっきり絡んでいるのでご安心を。

まず舞台設定がいい。奇蹟軍と枢機軍による果てしない戦争が行なわれている世界で、いつもの上遠野節で、あまりにも普通の感覚を持った男女がドラマを織りなす。

上遠野作品の中でも異色の作品だが、特異な設定とドラマで他にない魅力を発揮している。上遠野作品の中でもベストに推す人が多い作品である。もちろん私も大好き。

奇蹟使いの無敵っぷりがヤバイ。 タイトルも秀逸。

 

 

ぼくらは虚空に夜を視る 

 

……を再装填せよ コアを再装填せよ コアを再装填せよ 下駄箱に入っていた手紙に書かれたその無数の文字を視(み)た瞬間、“普通の高校生”工藤兵吾は知ってしまう。今いる世界が“作られた世界”であることを。自らが人類史上始まって以来といっていいほどの“戦闘の天才”であることを。そして、超光速機動戦闘機「夜を視るもの(ナイトウォッチ)」を駆り、虚空牙と呼ばれる人類の“敵”と闘う運命にあることを――! 上遠野浩平が描く青春SFの金字塔、“ナイトウォッチ”シリーズ第一弾。

 

ライトノベル作家が書いたにも関わらず、その圧倒的なクオリティでSF界に衝撃をもたらした作品。

さきほど紹介した『冥王と獣のダンス』と対をなす作品と言える。 あちらは地球に残された人間を描いた作品で、こちらは宇宙へと旅立った人間の物語である。

この“ナイトウォッチシリーズ”もやっぱり設定が神がかっていて、脳みそが溶けそうになる。面白すぎるだろ!宇宙空間で戦う戦闘機の名称が「夜を視るもの(ナイトウォッチ)」とか、宇宙空間からやってくる謎の敵が「虚空牙」とか、ネーミングセンスもいちいち素晴らしい。作家の創造性って、こういう固有名詞を生み出す所でよく分かる。

 

もちろんセカイ系の作品なんだけど、エヴァンゲリオンよろしく主人公にマジで世界の命運がかかっているのもポイント。セカイ系の作品って、モロに世界を救う話をあまり書きたがらない傾向がある中、ど真ん中の物語を見せてくれる。

 

長く読みつがれている作品で根強いファンがいるおかげか、新たな装丁で出版されていた。昔からのファンである私はもちろん昔の装丁の方が好きなのだが…。 

 

 

ナイトウォッチシリーズは三部作になっており、続編はこちら。

 

 

どちらも好きだけど、面白さのピークは正直1作目かなぁ。

2作目の『あなたは~』はブギーポップシリーズの2作目と非常に関連が濃い。濃すぎるぐらいに。 

 

鉄仮面を巡る論議 

これは上記の“ナイトウォッチシリーズ”の番外編で、短編になる。

収録されているのはこちらのアンソロジー。

 

読んだタイミングが良かったのか、私の人生の中で一番と言っていいほど気に入っている作品である。

ポイントは「議論」ではなく「論議」ということ。言い争うわけではなく、淡々とお互いの意見を述べ合う、という形式によって、より面白さが引き出されている。なのに語られている物語はけっこう強烈だから、その温度差が良かったのかも。

とにかくめちゃくちゃ好き。一番読み返した作品である。

 

ちなみにこのアンソロジーの他の作品は未読です。ごめんなさい。

 

事件シリーズ(戦地調停士シリーズ)

上遠野作品のシリーズものの中で一番好きなのが、こちらの事件シリーズである。

たぶん、ブギーポップシリーズと違って、物語が綺麗に完結していたり、世界観が明確になっているので、作品として飲み込みやすいのだと思う。上遠野浩平作品にしてはボカシがほとんどないのが特徴である。

このシリーズに関しては、ほとんどどれも面白いので、最初から順番に読んで貰えたらと思う。

 

ただし、『残酷号事件』だけは「う~ん」である。この作品に関してはかなりの難産だったことが伺える。

 

殺竜事件 

 

竜。それは善悪を超越したもの。勇者を十万、軍を千万集めても倒せぬ無数の存在。その力を頼りに戦乱の講和を目論んだ矢先に、不死身のはずの竜は完全閉鎖状況で刺殺される──「事態が不条理だからこそ、解決は論理的なのさ」戦地調停士ED(エド)は謎に挑むため仲間と混迷の世界に旅立つが──ミステリーの“謎解き”とファンタジーの“異世界”がひとつの物語に融合する。さあ読者諸君、仮面の男と冒険の旅に出かけよう!

この頃の上遠野浩平はどうやらミステリー作家になりたかったようである。

しかしミステリーマニアの私はよく知っているのだが、ミステリーというのはある種の才能がないと書けない。トリックを考案することは神から与えられた特殊な能力なのだ。

なので、その才能がない人がいくらミステリーを書いたとしても、どうやっても凡作しか生まれないのだ。これは残酷だが事実である。そして私の見る限り、上遠野浩平にはミステリーを生み出す才能がない。

しかしながら、上遠野浩平はその才能の無さを自らのフィールドであるファンタジーと掛け合わせることで、非常に素晴らしい作品を生み出すことに成功した。やっぱり、かどちんは出来る子である。偉い。

 

ということで、そんな“ミステリー✕ファンタジー”の傑作である戦地調停士シリーズの1作目である。

なんと殺されるのは竜。完全無敵の存在は如何にして、そしてなぜ殺されたのか。

もうこの設定だけで最高の作品である。存分にお楽しみいただきたい。

 

紫骸城事件 

 

城。それは無為にして空虚なる巨大な骸。世界を蝕んだ魔女の悪意の果てに、その城塞は百万の生命を吸い、千万の呪詛を喰らって造られた。事件は、荒野の中心に聳えるこの悪夢の巣窟に、魔導を極めんとする者どもが集いしとき起こる。呪いとしても不条理。魔法としても不可解。殺戮としても異常――数奇にして非情なる謎の果てに、したたる血さえも焼けただれる、底無しで出口のない連続大量殺人の惨劇が幕を開ける――

 

事件シリーズの2作目は口先だけで戦争を止める、という戦地調停士の中でもトップクラスの性格の悪さを誇る双子ミラル・キラルの登場である。

彼らの最悪さは本文から引用するのが一番だろう。

 

ひとつの戦争を終わらせるのに、それまでの戦死者に倍する犠牲者を生む

 

強烈である。

今作での探偵役であるこの双子は、その性格の悪さを存分に生かして事件を解決してくれる。こんな探偵見たことない。

 

 

海賊島事件 

 

海賊。――それは常に奪う側に立ち、奪われる側には決して立たぬ者。魔法が文明を支配する世界で、海賊ムガンドゥ一族に危機が訪れる。全面戦争も辞さぬ強大な魔導艦隊が彼らに要求するもの、それは完全密室の中で起きた殺人事件の容疑者だった――全世界が緊張する中で海賊は一人の女を呼ぶ。この世で最も美しい死体と、三代に亘る一族の歴史をめぐる因果の先に待つものは、勝利か敗北か、それとも――。

 

戦地調停士シリーズで一番好きなのが、こちらの『海賊島事件』である。

なにが良いって、主役を完全に食ってしまっている海賊の親玉ムガンドゥ三世だ。彼の魅力にやられない人間などいない。皆無である。

正直ここまでファンタジー要素が面白くなりすぎると、むしろミステリー要素は邪魔に感じてしまうのだが、事件シリーズとして始めた以上、何かしらの事件と絡めなければならないのがツラい所である。西尾維新の戯言シリーズと似た苦しみを感じた。「もうファンタジーだけでいいじゃん」っていう。

 

 

無傷姫事件

 

継承。つながれていったのは力か夢か幻か――魔導世界でも類を見ない、兵数と武装に頼らない軍事国家。その辺境の小さな国は、世界を揺るがす大戦の中で如何にして独立を守ったのか。誰にも傷つけられないから、無傷姫。人々に愛され、歴史に軽んじられ、真理に疎んじられた姫君たちが滅びるとき、浮上するのは欺瞞と虚偽か、それとも遠い日の約束か――。

 

『残酷号事件』で醜態を晒し、さらには7年間の沈黙を破り遂に発表されたのがこちらの『無傷姫路件』。

あまりにも期間が空いてしまったので、私は「もう事件シリーズは書けなくなっちゃったか…」と諦めていたのだが、まさかの新作!

ええ飛びつきましたとも。ここまで人生のほとんどを上遠野浩平作品と共に過ごしてきた私なので、どんな駄作だろうとも地獄までご一緒するのが信者の務めだ。

 

で、読んでみてどうだったか。

 

…最高。待ってよかった…。もう泣きそう…。

 

これぞ事件シリーズである。いや、もうミステリー要素が弱いのもこのシリーズの特徴として受け入れようじゃないか。物語が面白ければ、何だって良いのだ!

 

 

番外編

番外編と言っていいのか分からないが、上遠野浩平作品の中で異色の一冊がある。しかもこれがまた名作なのが困る。

というのも、上遠野作品は最初にも書いた通り、どの作品もリンクしており作品すべてで“上遠野サーガ”と呼ぶべき大きな物語になっているのだ。

 

しかし、実は一冊だけ上遠野サーガに属していない作品がある。

 

それがこちらだ。

 

 

国民的漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の伝説的ノベライズ、ついにデジタル化ッッッ!!! 

“組織”の新ボス、ジョルノに対する忠誠心を試されることになったフーゴ。かつてのボス、ディアボロとの対決を前に、仲間たちと袂を分かった彼に対して“組織”が求めた贖いとは、逃走中の裏切り者“麻薬チーム”の抹殺任務に就くことだった……。

上遠野浩平が描く「一歩を踏み出すことができない者たち」の物語。

 

これほどまでに原作の面白さを倍増させてくれるノベライズがあっただろうか。

上遠野浩平って、いつも“上遠野サーガ”の中で作品を書いているから、どこか守られている部分というか、作家としての腕を見せる機会があまりないように感じていた。

しかし、この作品では存分にその筆力を見せつけてくれている。やっぱりあなたは神だったか。

 

従来の上遠野ファンもジョジョファンも魅了した傑作である。

原作の奥深くまで楽しみたい方はぜひ。

 

当然ジョジョの5部を読んでいないと面白さを理解できないので、ご注意いただきたい。 

 

以上。