俺だってヒーローになりてえよ

何が足りないかって、あれだよあれ。何が足りないか分かる能力。

貴志祐介だって失敗するんだよ。『ダークゾーン』

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色々と残念でした。

 

役立つ記事を書こう

どうも、読書中毒ブロガーのひろたつです。

今回は貴志祐介にしてはイマイチな作品の紹介である。

「そんな本、紹介してどうすんだよ」と思われるかもしれないが、そんなことは私の方が百倍は思っているし、その思いをぐっと堪えてながら必死で言葉を紡いでいるのだから、どうか胸にそっとしまっておいてほしい。まあ、必死というのは言い過ぎだし、ほとんど垂れ流しているようなもんだけど。

しかしこれはこれで、危険予報みたいに役立つことだってあるはずだ。世の中、小説が出回りすぎていて、どこに地雷があるのか誰も把握しきれていない。身の回りで地雷を発見したら、周囲に知らせるのは、これは小説好きとしては義務と言えよう。

きっと作者からしたら迷惑そのものだろうが、気にせず書いてみよう。また禿げ進んじゃうかもしれない。

 

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まずは内容紹介

暗闇の中、赤い怪物として目覚めたプロ棋士を目指す塚田は、「青の軍勢」と戦えと突然命じられる。周囲には、やはり怪物と化した恋人や友人たちが、塚田が将となった「赤の軍勢」の駒として転生していた。将棋のようなルールのもと、特殊能力を駆使し、知恵と駆け引きで敵の王将を狙う「赤VS青」、異形同士の七番勝負が始まった。異次元空間で繰り広げられる壮絶な“対局”の行方は?衝撃のバトルエンターテインメント開戦。 

 

将棋を参考にしたであろうゲームルール。軍艦島という一風変わった舞台。謎に満ちた世界“ダークゾーン”。

これだけを読むとなかなかの作品に思える。私の人生トップ10に入る『新世界より』を彷彿とさせる。期待させてくれる。

でもそれは裏切られる。もちろん悪い意味でだ。

何がそんなにダメなのか。以下に詳しく書いていこう。もちろんネタバレは極力避けるので安心してほしい。

 

『ダークゾーン』のここがダメ

『ダークゾーン』のダメポイントを簡潔にまとめるとこんな感じだ。

 

①ルールが不透明。なのにやたらと戦術を語ってくる。

②謎の世界“ダークゾーン”の正体がひどすぎる。

③同じSFとして『新世界より』と比べて見劣りしてしまう。

④作者の逃げが見える。

⑤登場人物がステレオすぎ。

⑥マンガに寄り過ぎ。

 

ひとつひとつ詳しく説明しよう。

 

①ルールが不透明

エンタテインメントの作り方』で本人が語っていたのだが、『ダークゾーン』は将棋を元にした作品である。実際、主人公もライバルも棋士、という設定になっている。

そんな彼らが繰り広げるバトルはさぞや頭脳的で痺れるものになるだろう…と勝手に期待した私が悪かった。

作品の設定上仕方ないのかもしれないが、『ダークゾーン』では貴志自身が語る「将棋を元にしたルール」というものが、なかなか明かされないのだ。

それなのにやたらと戦術めいたことばかりが主人公の脳内では繰り広げられるし、戦術の描写ばかりにページが費やされる。

なので読者としては、全然付いて行けないし、「またなんか新しいルールが出てきたよ…」となってしまうのだ。これでは興醒めである。

 

物語にゲーム要素を取り入れるときの鉄則なのだが、ルールは事前に明確にしないといけない。でないと、読者はどこで楽しんだらいいのか分からない。ルールの知らないゲームを楽しむなんてことはあり得ないのだ。

 

ルールを理解した上で、駆け引きや思わぬ落とし穴、奇策に読者は驚嘆するのだ。

なのに『ダークゾーン』ではルールを明確にしないし、後から後からルールが追加されていく。

まるで後出しジャンケンをずっとやられている気分になった。

 

『ダークゾーン』はゲームを扱う物語としては、一番やってはいけないことをしているのだ。

 

②謎の世界“ダークゾーン”の正体がひどすぎる

物語の主な要素である頭脳バトルが以上のような内容なので、あとは物語の屋台骨というか、核になる部分“ダークゾーンの正体”に期待するしかない

読みながら「あれ、これってもしかしてつまんねえんじゃね?」と薄々気が付いていた私は、なんとか己の心にムチを打って、「いやいや、まだ謎の世界“ダークゾーン”の正体が分かっていないじゃないか。最後の結末まで目が離せないぞ。どこに伏線が仕掛けてあるかわからんからな」などと思っていた。

でも、結果ひどかった。

ネタバレになるので詳しくはかかないが、私が期待したようなクオリティの真相はそこにはなかった。

 

このブログでは貴志祐介に関して常々言っていることがある。彼は本来のミステリー作家ではない。

確かに推理小説じみた作品を上梓しているし、それが連ドラの原作に採用されたりなんかもしているが、それでも私は言う。貴志祐介は推理小説作家にはなれない、と。

推理小説というのは文字だけで行なわれる手品である。そこには、意外性がなければならないし、人を欺くだけの奇想がなければならない。そして、それを生み出すには一種の才能が必要になる。誰にでも生み出せるものではないのだ。

 

貴志祐介には残念ながらその才能がない。

謎は作り出せるけど、答えに意外性はない。奇想ではなく、ただの論理がそこにあるだけだ。頭の良さや博学っぷりは伝わるのだけれど、驚きには至らない。

別にそれがいいとか悪いとかが言いたいのではなく、ミステリーの醍醐味からは離れているということが言いたいのだ。

 

勘違いしてほしくないのだが、私は貴志祐介の大ファンである。彼の頭皮を舐めろと言われたら、喜んで舐めよう。きっと貴志祐介は喜ばないだろうからやらないけど。

でもそんな大ファンの私でも、これは譲れない事実なのである。

彼はエンタメ作家としては一流だが、読者に“魅力的な謎”と“意外な真実”を提供することには長けていない作家なのだ。

 

③同じSFとして『新世界より』と比べて見劣りしてしまう

まあ勝手に比べている私が悪いのだが、ファンとしては仕方ないだろう。あれだけの超面白作品を読まされたら、そりゃ期待値も上がるさ。貴志祐介ブランドを盲目的に信頼してもおかしくないだろう。

でも貴志祐介だって人間だし、結構なおっさんだ。才能が枯れ果ててもおかしくないころだし、そもそも毛髪は枯れ果てる一歩手前だ。少し前までは「毛髪を小説に還元している」なんて言われていたが、もう捧げる毛髪がないのだ。彼の手から傑作が生み出されることはもうないのかもしれない。

 

④作者の逃げが見える

貴志祐介最大の武器をご存知か。圧倒的なまでのリーダビリティである。

以前、『ミステリーの書き方』という本で貴志祐介は、「推敲で一箇所変更するときは、その前後数ページを含めて読み返して確認を行なう」といった発言をしていた。貴志祐介のあの驚くべきリーダビリティは執拗なまでの推敲の上に成り立っているのだ。感服しました。

なのだが。そのはずなのだが。どうだろう。『ダークゾーン』はどうだろう。

いや、全然です。全然読み進められない。頭に入ってこない。

こりゃあれだな。貴志め、推敲あんまりしてねえな。

と勝手に読者が言っているだけで真実は誰にも分からないし、もしかしたら貴志にだって分からないかもしれない。物事が常に白か黒に分けられるとは限らないのだ。

でも、他の貴志作品と比べると明らかに『ダークゾーン』は適当だ。練りが足らん気がする。そもそもあまり面白くないからそう感じるのかもしれない。

私には貴志の逃げが見えて仕方ないのだが…。

 

⑤登場人物がステレオすぎ

登場人物にいかに感情移入させるかは、エンタメ小説のカギだ。読者に没頭させたかったら、登場人物に血が通っていないとお話にならない。

これまでにも散々貴志祐介は文句なしのキャラクターを生み出していた。それらは物語に没頭させるに値する、完璧なキャラだった。

でもそれが『ダークゾーン』ではどうだ。主人公の塚田はいくらかマシだが、他のキャラがひどい。ステレオすぎる。いまどき「~だわ」なんて喋り方するやつ、アニメでもいないだろ。

やはりここでも貴志の逃げを感じてならない。キャラを練るよりも重要視したものがあるのかもしれない。

たぶん、それはきっと最初に書いたこのゲームのルールとか、展開なのだろうけど…。

 

⑥マンガに寄り過ぎ

『ダークゾーン』の設定はほとんどマンガ世界である。

どういうことかというと、具体的なビジュアルが物語の重要な要素になっている、ということである。

マンガと小説の違いは、言うまでもなく絵があるかどうかだ。それぞれで表現の方法が違う。

マンガは描写を克明にすることで、読者に明確なイメージを与える。

その一方で小説は文章のみで、読者にイメージを植え付ける。または育んでもらう。

小説の方が読者に遊びがあるのだ。そしてそこが小説の最大の武器だと私は思っている。想像力がない人間に小説を楽しむことはできない。

 

なのに、『ダークゾーン』で出てくる描写の事細かさよ。異形のモンスターたちの緻密な描写よ。

そこまで精確にしないといけないのであれば、これはもう小説である必要はない。それか公式のキャラデザインを載せてもらわないとダメだ。ライトノベルの手法だ。

そうじゃないと、作者と読者で想像に食い違いが発生して、全然物語に入り込めない。よく分からないまま読み進めることになる。

 

『ダークゾーン』は小説で表現すべき作品ではなかったのだ。

 

言い過ぎたかも

何だか熱が入りすぎて何千文字も書き連ねてしまったが、冷静に見てみると少々言い過ぎたかもしれない。

確かに他の貴志作品と比べれば『ダークゾーン』は読むに耐えない、というか読む必要がない作品かもしれない。それでも本当に読んでいる最中、ずっとつまらなかったかと言えばそんなことはなくて、それなりに楽しんだ瞬間もあった。

 

こうやって他人に見せる文章を日頃から書いていると、ついつい過剰な表現になったり、端的な文章になりがちであある。つまり、他人が面白がるように脚色してしまうのだ。

ということで、どこまで私が本当のことを書いているか分からないので、ぜひとも『ダークゾーン』を読んで確認してもらいたい。

 

以上。