俺だってヒーローになりてえよ

何が足りないかって、あれだよあれ。何が足りないか分かる能力。

舞台裏を明かしすぎ。貴志祐介『エンタテインメントの作り方』

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どっからどう見ても角野卓造です。

 

人気作家の創作術

どうも、踏み台ブロガーのひろたつです。踏み台活動について詳しくはこちら

先日非常に珍しい本を見つけたので紹介したい。

私が大ファンの貴志祐介が放つ“エンタメ小説の創作術” である。その名も『エンタテインメントの作り方』という何の面白みもなタイトルである。そこにエンタメはないのか問いたい。別に問わないけど。

 

読者を魅了する物語はどのようにして作られるのか? ホラー、ミステリ、SFで文芸賞を受賞し、『黒い家』『青の炎』『悪の教典』と年代を超えてミリオンセラーを出し続けるエンタメ・キングが手の内を明かす!

装丁は冴えない緑一色。帯にはさらに冴えないおっさんのドヤ顔。何がエンタメ・キングだ。ただの角野卓造のクセに。こんなの全然売る気が無さそうだし、見た目だけではまったく面白くなさそうである。

 

ところがだ。

これ、本当に全部さらけ出している。びっくりするぐらい手の内を明かしている。

ほぼ全ての貴志作品の舞台裏に触れていて、なんなら元ネタなんかも紹介されている。ファンとしては色んな意味で捗る作品である。 

 

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ちょっと抜粋

中身が知りたい方のために、見出しをちょいと紹介しよう。

 

アイデアは降ってこない

初っ端がこの話題。貴志祐介の作品と言えば、非常に斬新なアイデアが常に盛り込まれており、それが大きな特徴になっている。そんな彼をして「アイデアは降ってこない」と言い切るとは…。では一体どうやってアイデアを生み出しているのかは、読んでみてのお楽しみ。

 

ストーリーには複数のエンジンが必要

これはまさに貴志祐介作品といった言葉。

謎があって、魅力的な登場人物がいて、緊迫したストーリー展開があって、読者を常に引っ張り続けるように仕向けている。当然、それも貴志祐介の計算の内なのである。

 

「どんでん返し」という構成のリスク

まさか貴志祐介の口からどんでん返しについて聞けるとは驚き。はてさて、どんなリスクがあるのか。ちなみに、私ぐらいどんでん返し作品を読み慣れていると、このリスクは非常に慣れ親しんだものである。つまり、どんでん返しのフリをしたクソ作品を読み慣れているということだ。

 

主人公は作中でどう呼ばれるべきか?

これは「なるほど!」と膝を打つような思いだった。これもまた貴志祐介独特のリーダビリティを生み出すコツのひとつである。今まで食い入るように貴志作品を読んできたつもりだったけど、これは気付かんかった…。

 

リーダビリティの正体

貴志祐介と言えばリーダビリティ。そう言えるぐらい貴志作品はぐいぐい読める。そんな彼の特徴である“リーダビリティ”の正体について、赤裸々に語っております。

 

まだまだいくらでも話題はあるのだが、これだけでも十分本書の面白さが伝わると思う。小説家を目指す人にとっても、私のような重度の貴志ファンにとっても、非常に有益な本である。

 

エンタメにすべてを捧げている

この本を読み終わってつくづく思い知らされたことがある。

「貴志祐介はエンタメにすべてを捧げてんだな」

 

彼の頭脳はエンタメ、つまり「読者をいかに楽しませるか?」ということを考えるためだけに使われていると言っても過言ではないだろう。彼の創作のこだわりを読むたびに、「どうしようねえ変態だな」と思わずにはいられない。私のような一般人とはやはりかけ離れた考え方をしている。完全にエンタメに取り憑かれている。そんなんだからハゲんだよ。どこまでエンタメに捧げれば気が済むのか。 

 

今まで貴志作品の面白さには何度も度肝を抜かれて、睡眠時間を奪われてきたけど、これだけ情熱を注いで、時間と手間をかけているのだから、そりゃあそんなことにもなるわな。貴志祐介、すげえよあんた。

 

こだわるからこそ遅筆 

貴志祐介は遅筆である。

『HUNTER×HUNTER』の富樫もそうだが、作品を練りまくっているがゆえに生み出すのに時間がかかってしまう。 

ファンとしては好きな作家が遅筆なのはかなりツラい。我孫子武丸のファンとか本当に偉いと思う。しかし、いくら待つ時間が辛かろうとも、毎度毎度超弩級に面白い作品を上梓してくるので「仕方ないか…」と思っていた。そうやって自分を納得させていたが今回『エンタテインメントの作り方』を読んで、さらに納得がいった。

「これだけこだわってるんだから、そりゃ時間もかかるわ」と。

 

以前、別の本でも貴志祐介が創作について語っていることがあった。

そこには推敲について貴志祐介なりの方法を書いていたのだが、それにも度肝を抜かれた。

なんでも彼は、推敲の際に何か手直しをするときは、その箇所の5、6ページ前から読み直して、その上で修正するそうなのだ。すべての箇所に対してそのルールを適用しているのであれば、そりゃあもう膨大な時間がかかってしまう。原稿が仕上がるのが遅れるのも当然なのだ。

しかし、そういった弛まぬ努力の結果が、あの面白すぎる作品たちなのだ。

 

ちなみにこの本で語っていた。

 

妥協しないからこそ遅筆になる。

巷では、ただ単にエロゲーにハマっていて執筆作業が滞ってるとか言われていたけど、どうやらそうではなかったらしい。

 

面白かったけど、副作用が…

めちゃくちゃ面白く読ませて貰ったのだが、ひとつ心配がある。

貴志祐介があまりにもぶっちゃけすぎていて、次に彼の作品を読むときに、彼の創作上の計算を感じ取ってしまって白けてしまう可能性がある。「あぁ、あのとき言ってたやつね」的な。

ファンとしては舞台裏を見られるのは最高である。しかしながらそれは手品の種明かしのように、今までの楽しみ方を奪ってしまう残酷さがある。純粋に貴志作品を楽しむことができなくなってしまったかもしれない。

 

ということで、これからこの本を読もうと思っている方は、そんな禁断の扉を開く度胸が自分自身にあるかどうかしっかりと自問自答してもらいたい。

 

これは諸刃の剣なのだ。ご覚悟いただきたい。

 

以上。

 

 


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