俺だってヒーローになりてえよ

何が足りないかって、あれだよあれ。何が足りないか分かる能力。

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『アイアムアヒーロー』はGANTZを超えられるか

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アイアムアヒーローについて語りたいと思う。

◯超人気マンガの映像化は惨殺の歴史


超人気マンガの『アイアムアヒーロー』が遂に映像化された。

SFマンガの映像化はロクな事にならない、というのが私の定説。
それは過去の作品達が身を持って示してくれている。宇宙戦艦ヤマトしかり、デビルマンしかり、ガッチャマンしかり…。これらの作品を観たことがあるだろうか?もし観た人がいるのであれば、ご愁傷様としか言いようが無い。

残酷な歴史がまたしても繰り返されるのだろうか?
マンガ原作の映像化作品系は、ほとんど観ない私には関係のないことだが。

 

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◯先の読めない展開


アイアムアヒーローは先の読めない展開で読者を夢中にさせているという。
だがそもそも先の読めるような作品は今どき生き残ることはできない。

読者の想像を超えるからこそ刺激になるわけで、水戸黄門やアンパンマンに一喜一憂できるのは、限られた年代だけなのだ。

ではこれだけの人気を誇る『アイアムアヒーロー』の魅力は何なのだろうか?何がそんなにも私たちを惹きつけるのだろうか?

◯読者に媚びない


例えば第一巻。
読んだ方はご存知の通り、ほとんどが物語とは関係のないような話で埋め尽くされている。
しかしこれはそこから先の展開へ跳ねるための助走のようなもので、あれがあるからこそ、最後のページのあのシーンが最高に映えるのだ。

あそこまで丁寧に積み重ねられると、逆に助長に感じてしまうぐらいだが、そこは『ボーイズ・オン・ザ・ラン』で腕を振るった花沢健吾だ。巧みな心理描写とリーダビリティで読者を引っ張っていく。
しかしそれにしても危険な手法だと思う。書店で手にとって、あの一巻だけを読んで『アイアムアヒーロー』の面白さや本質が伝わるとは思えない。ちゃんと花沢健吾が用意したまどろっこしい手順に付き合ってくれた読者だけが、その後の脳味噌を沸き立たせるような世界へを誘ってくれるのだ。

これはいい作品を作る上で非常に重要な要素だ。

邦楽でもそうだが、聴く人の耳をすぐにこちらに向けさせたければ、とにかくサビを鳴らせばいい。頭からサビだったり、サビの時間を長く取ることで、お店や街角で耳にする機会を最大限に利用するのだ。
しかしこういった楽曲を実際に、借りたり、購入したりしてちゃんと聴くとある現象が起きる。
あっという間に飽きてしまうのだ。これでは作品の価値が低いと言わざるを得ない。

必ずしも、客を取りに行くことと作品の質を上げることはイコールではないのだ

 

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◯主人公が頼りない

 
また主人公を花沢健吾お得意の「頼りない男」にしたのも重要な要素だろう。

基本的には読者は主人公に感情移入することで、作品を味わう。一緒に翻弄されたり、打開したりすることで作品世界を共有するのだ。

例外になるのはONE PIECEだろう。読者は主人公のルフィではなく、その時その時のエピソードによって、感情移入する相手を変える。ONE PIECEで主人公であるルフィの心理描写極端に少ないのはそのためである。

『アイアムアヒーロー』の主人公、鈴木英雄は”英雄”の名前とは裏腹に非常に頼りない存在である。彼女はいるが、普通に考えたらまったくモテないタイプだ。しかもかなり気持ち悪い。あの感じは前作の『ボーイズ・オン・ザ・ラン』でもあったので、もしかしたら作者の性格を反映しているだけなのかもしれない。

余談だが私は花沢健吾作品を非常に愛しているので、ツイッターで彼をフォローしていたのだが、ときおり女性器の呼称をつぶやいたりするのがあまりにも不快で、すぐにフォローを外した経験がある。

◯一緒に翻弄される


主人公が頼りないとどういう現象が起きるか。

例えるなら、壊れかけのジェットコースターに乗るようなものだろう。

「大丈夫か、これ?」

そんな不安を煽ることで読者を揺さぶるのだ。作品の面白さは「いかに読者の心を動かすか」にかかっている。
それは感動でもいいし、笑いでもいいし、悲しみでも怒りでも何でも構わない。とにかく動かすことが重要なのだ。

頼りない主人公という、壊れかけのジェットコースターは読者を容易に物語世界へと引き込めるのだ。

 

◯タイトルも効いている


あと地味にタイトルも読者心理を上手く誘導している。

上にも書いた通り、この作品を読むときに私たちの頭の中には常に不安がつきまとう。それは鈴木英雄の頼りなさのせいでもあれば、あの想像を超えた異常世界のせいでもある。
不安は言ってしまえば「ストレス」である。ストレスからの開放こそが物語の醍醐味だが、ストレスをあまりにも過剰に掛け過ぎると読者が疲れてしまう。

そこで効くのがあのタイトルだ。

鈴木英雄の名前と掛かったタイトルだが、暗に「いつか英雄が本物の”英雄”になるかもしれない」という期待を私たちにもたらしてくれる。この僅かな希望が、あの絶望的な世界を見続ける読者のための、ささやかな水先案内人なのかもしれない。

◯GANTZを超えられるか


読者を異世界へと放り込むことで魅了する作品の代表作と言えば、『GANTZ』である。

私は途中で読むのを止めてしまったのだが、最後はそれはもうヒドいものだったそうだ。

ただ最後がどうであれ、途中までの展開は文句の付けようがなく、多くの人が作品に完全に飲み込まれてしまったことだろう

あの感覚に近いものが『アイアムアヒーロー』にもあり、今の時点でも物語の奥行きは行き詰まることを知らない。正に見たことのない世界を私たちに提供し続けている。

しかしこれがいつまでも続くわけがない。どこかで種明かしというか、物語の核を伝える段階が来るわけだが、その時にどれだけの読者が白けてしまうか心配である。
とりわけ『GANTZ』では、”先の見えない感”を最大の武器としていただけに、それが失われた途端に読む気がなくなってしまった。

同じ過ちを『アイアムアヒーロー』が繰り返さないことを願うばかりだ。

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